第23話
「待て、ハンス! 君はどうするつもりだい? 伝えに来た僕が言うのもなんだが、教団からの要請である以上、この話はそう軽々に扱えるものではない。せめて、君の方針だけでも聞かせてくれないか?」
背中を向けるほどには進んでいた少年騎士の歩みは、いつも柔らかく微笑んでいる印象のアイクには珍しい強い語調によって引き留められた。
それだけ青年騎士も真剣になっているという事なのだが、ハンスが普段温厚な彼のそれに若干の驚きを抱いて振り返ると、そこには地に立てた槍から身体を離し、先程までの教団に対する嫌悪が滲む表情でも、いつもの御婦人方が思わず溜め息を吐いてしまう柔和な微笑みでもなく、王国騎士団長たる父にも似た猛禽のような表情を浮かべる騎士の姿があった。
普段はよく『似てない兄妹』と呼ばれている二人だが、今も表情を鋭く尖らせているファルカと比較すると、兄妹特有の相似性がなかなか如実に表れている。
とは言え、少しばかり鋭い眼光を向けられた所で、今更『
「方針もなにも、俺達は騎士だろうが。お城へお呼びが掛かって、しかも、仕事内容が『ドコぞでお困りの迷い人救出』となれば、『弱者の保護』を美徳にしてる騎士様がバックレるワケにもいかねぇだろぉ?」
なんて事無いとでも言う調子で肩を竦め、向けられた視線に真っ直ぐ応えるハンスは、アイクの瞳を真っ直ぐ見返しながら逆に問い返した。
だが、それに応えたのは少年騎士の発言に眉を顰めた兄ではなく、脇に佇んでいた妹の方だ。
「ヴィントシュトース卿、貴方が拙速な思考の持ち主だという事は知っていましたが、それは些か浅慮が過ぎるのではありませんか?」
「そぉ言うアンタは毎度毎度ホンットに辛辣だよなぁ。何? 気になる相手には意地悪したくなっちゃうお年頃なの?」
「ふっ、巫山戯ないで下さいッ!! 私はただ、降りかかるかもしれない災厄について何も考えずに突っ込もうとする愚か者が腹立たしかっただけですッ!!!!!!」
失礼極まると言うか、毬栗並みに棘だらけな言い分を何の躊躇いも無く言い放ったファルカに、投げ付けられた言辞的暴力を物ともせず茶化しに行くハンス。
これだけなら普段通りなのだが、いつもにこやかな顔で助け船を出す筈のアイクは、今回に限って笑っていなかった。
「ハンス、君が王国騎士の中でも最高レベルの戦闘能力を有するという事は、僕達どころか聖騎士達ですら知っている事なんだ。その上で君が指名されたという事は、彼方もそれなりの準備が整っていると思って然るべきなんだよ? その上で騎士道を掲げられる君は友人として誇らしく思うけど、流石にもう少しよく考えてみるべきじゃないかな?」
「そぉ言うアンタは毎度毎度コメントし辛いコト、何でもねぇみてぇにさらっと言うよなぁ……昨日みてぇに御婦人方が集まる席で妙な噂立てられてるって知ってっか?」
妹とはまた違った真剣さで再考をアイクに、妹へ向けたものと似たような茶化しを放ったハンスだったが、それで青年騎士の眼差しが鈍るような事は無かった。
結局、口火を切ったのは少年の方だ。
「……ハァ、考えるも何も、他に選択肢なんてねぇだろ? 大体、まだ詳しい話だって聞いてねぇんだから、今の話の通りに事が起こるかどうかなんて分かんねぇじゃねぇか。それに、この国の為ってんなら、この話に乗って教団に貸し作っとくのも悪くねぇと思うが?」
しかし、言わされた形であってもハンスの主張自体は変わらない。
寧ろ、何処となく意固地になっているのか声音が少し尖っている。
少年には一度口にした事をなかなか曲げようとしない頑固な部分がある事を知る兄妹は、二人ともその返答自体は予想していたようだったが、それを聞いた後の反応は対照的だった。
「それはそうかもしれないが……しかし――
「それが浅慮だと言っているのですッ!!!!!! ヴィントシュトース卿ッ!!!!!!」
尚も引き留めようとする青年騎士の冷静な言葉は、肩を竦める少年騎士ではなく、アイクの隣から上げられた劈くような譴責によって遮られた。
とは言っても、本日四度目ともなれば流石に周囲の者達も慣れたらしく、特にファルカの元へ視線が集中するような事も無い。
しかし、それで会話中だった少年と青年までもが無視できるわけが無く、中でも先程の三回を涼しい顔で聞き流していたハンスこそがこの場で一番大きな反応を示していた。
アイクの逃亡教唆を聞いた時と同じくらいの驚愕をその表情に表したハンスの視線の先では、興奮からか、それとも別の何かが原因なのか、その身を微かに震わせて肩で息をする少女の姿があった。
「浅慮、浅慮って、アンタ単にそれ言いたいだけじゃ――
「誤魔化さないで下さいッ!! 貴方は無為に危険へ身を晒そうとしているのですよッ!! そのように自分を粗末に扱う姿を見て、貴方を知る人達が哀しむとは考えないのですかッ!!」
茶化すと言うよりも話を逸らせて有耶無耶にしようといった意図で放たれたハンスの戯言を叩き伏せたファルカは、一拍置いて空になった肺を満たして次の句を続けようとする。
だが、その間に割り込むようにハンスが口を開いた。
「何言ってんだ。哀し――
「『哀しむよぉなヤツなんていねぇ』などとは言わせませんよ!! 貴方はこの国で、この街で、騎士として二年も過ごしたのですから!! その二年で貴方は幾人もの人々と出会った筈なのですからッ!! その人達が貴方の死を知って何も思わないわけが無いのですからッ!!!! 貴方はもう『旅人』では――独りではないのですからッ!!!!!!」
楔をより深く打ち付けるかのように鋭さと強さを増していく彼女の言葉は、血を吐くようにも、泣き叫んでいるようにも聞こえ、それを向けられた相手の心も身体もその場へ縫い付けんとするかのようだった。
少年騎士がその言葉を受けて固まっている間にも、ファルカは堰を切ったかのように思いの丈をぶつけ続ける。
「大体、王国騎士はこの国を守る唯一無二の盾であり、不敗不滅を義務付けられた剣なのですよ!! だからこそ我々はどんな危難に於いても必ず生きて帰らねばならないのに!! 無視できるのに自分から無駄な危地へ踏み込むなどと、王国騎士の本懐を忘れ果てた底抜けの愚か者の行いですッ!! 二年も騎士として勤めていながら、そんな事も分からないのですかッ!? ヴィントシュトース――
――――スゥ……
神の名で命じられれば命さえ迷わず捧げる――自他を問わず――ような類の死生観を掲げる聖騎士達が聞いたら、臆病者とか不信心者と揶揄しそうな言葉を遮ったのは、凄まじい勢いの瀑布を圧し止めるにしては静かに気負い無く掲げられた掌だった。
普段の柳のような態度とはかけ離れた大木の如き厳かさを漂わせるハンスは、戦場で見せるような冷たい輝きが宿る琥珀色の瞳で少女を射抜く。
その触れれば斬れるような鋭い視線は、これ以上の意見も反論も拒絶していた。
「『死に臆する事無かれ、しかして命を諦めてはならぬ』か。ソイツはご立派だが……もぉいいだろ? こんな場所でいつまでもグダグダ言い合ったって、状況は変わんねぇんだからよぉ」
今までの二人の言葉を斬り捨てるようにそう吐き捨てたハンスは、立ち尽くす兄妹から視線を切って、背を向けて、再び出入口へと足を向ける。
そうやって、幾人もの騎士や
「……それとな、俺は俺の意志で生きてんだ。哀しむヤツがいるだのいないだのと、
まるで自分に言い聞かせるように強い口調で吐き捨てたハンスは、今度こそ足を止めずに戦闘場を後にした。
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