保存食加工所・後

 ぺミカン製造工程の問題点を確認したので、ぺミカンの作業場からコンフィの作業場へと移動する。コンフィこと油漬け鳥の作業場では二人の作業員が適宜休憩をしながらオリーブオイルの油の詰まった温度計付きの鍋をグルグルとお玉で回している。鍋の中ではアヒルのモモ肉が踊り、ぺミカンの獣脂とは違う空腹に効く匂いが部屋中に満ちている。


「油漬け鳥はすごくいい匂いがしますね」

「南蛮で栽培されているオリーブと呼ばれる植物から絞った油の香りだ。高価ではあるが匂いも味も獣脂とは格段に違う。酒場で出している油煮の油もコレだ」

「あぁ……。林様がいたく気に入った……」


 油煮とはアヒージョのことだ。このアヒージョ、以前面倒なことが起こり販売停止となっている。

 孫三郎が遊びに来た際、同行した林八郎左衛門に食べさせたことがきっかけで八郎左衛門が油ものにドはまりしてしまった。

 連日食うのは身体に悪いというのに忠告しても酒場に食事に来るものだから、ついに週一の命令を出してしまった。あんまり客に縛りを入れたくはないが、毎日唐揚げとアヒージョを食べるのはなぁ。

 ちなみに孫三郎は珍しいものを好んで食べるので食事のメニューが偏ることは少ない。


「油漬け鳥は長時間煮込まなければいけないのが厳しいですね。油が沸いてしまうと台無しになりますし」

「二人作業でも辛いなら三人に増やすか? それぐらいなら構わんぞ。その一枠に入るために喧嘩が起こるであろうが」

「人気の仕事も困りものです」


 心底困ったように頬に手を当てて溜息をつく妙。冬場に暖かいところで作業できるだけで最高の仕事らしいからな。エアコンがどこにでもある現代の価値観を持った俺には理解しづらい心情ではある。


「今の鍋はどれほど煮込んだ?」

「二刻ほどです」

「そうか、缶詰作業は今度にしよう。次に向かうぞ」


 自来也に缶詰マシーンでコンフィを缶詰するところを見せてやりたかったが、ここで何時間も取られるわけにはいかないからな。次の施設の見回りもあるし。

 そのまま足を延ばしたのは燻製小屋。一畳ほどの小屋三つ分を横に並べたレンガ造りの設備だ。冬の燻製は基本的に冷燻のみを行い、長期保存がしやすいように加工してから外に売る商品としている。逆に他の季節は温燻や熱燻で味の良いものを生産して領内の消費に回す。燻製小屋の運用はそう決めている。

 冷燻とは温度を十五度から三十度にして煙で燻す燻製方法である。温度の関係上、日本では冬場にしかできない。冷燻のメリットとは他の燻製方法と違い、じっくりと水分を抜いて燻すので燻した食品の長期保存が可能なところだ。実は燻製は日持ちする調理方法だと思われているが、温燻だと一週間から二週間、熱燻だと三日も持たない。その分、香りが強烈につくので食品としてのグレードは格段に上がるんだがな。


「あ、冷燻の魚があがってますね」

「一つ貰おうか。自来也、お前の意見を聞きたい」

「承知しました……。うわっ」


 燻製小屋の前、食品加工所の待機室に並べられた木地師謹製の長方形平網籠にズラリと並べられたアジ・マダイ・グレ・ハマチ・イサキそしてモイカの燻製の山を見て、自来也が思わず声を上げた。山住まいだった自来也は開きの魚の山なんて見たこともないだろうからなぁ。


「自来也は何を食べたい?」

「自分は海の魚はよくわかりませんので……」

「じゃあマダイにしとくか。一番癖がない。妙も食え食え」

「では、お言葉に甘えまして」


 三人でマダイの開き一枚を分け合って口に入れる。うん、普通の味だ。不味くもないが上手くもない普通に塩味。

 それぞれ魚を個別に開いて一夜干しにし、塩ベースのスパイスやハーブを水で煮立てた液、これをソミュール液というがそれに数時間漬け込んで冷燻した上でこの味だ。飽食社会の現代なら原価がかかりすぎて売れないだろう。そもそも魚自体が高騰傾向にあるがな。

 それでも、自来也と妙はその塩味に感動しているようだが。つくづく味覚が違うと感じるよ。


「美味しいです!」

「旦那が酒のつまみにする理由もわかりますね」

「待て、妙は食べたことなかったのか?」


 商品管理として味見はしてほしいぞ。


「私たちでは参考にならないと思い……」

「そうか、次からはある程度無作為に選出したものを口にして確認するように」

「はい、承知しました」


 あー、悉く俺の常識と戦国時代の常識が食い違うな……。

 もっと労働環境について詰めて考えないといけないかもしれん。


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