保存食加工所・前

 一五二八年(享禄元年) 十二月中旬 尾張国天神村 十川廉次


 孫三郎が帰ってからすぐに村に触れを出した。明日は信秀の子が産まれた祝いで酒場で好きに飲み食いしていい触れだ。


「兄御、村の人数に対して流石に酒場の広さが追いつきませんよ」

「だったら屋敷の前の広場で煮炊きをすればいい。こういうのは一体になって騒ぐのが楽しいんだからよ」


 大人なんて酒を浴びるように飲み、ツマミをかっくらって腹出して寝るのが基本だぞ?

 流石に冬の外でそんなことになれば死人が出るから屋敷で転がす羽目になるだろうけど。


「……そういうもんですかね」

「そういうもんさ。自来也、お前も明日は俺の傍に仕えなくていい。志能便の娘たちと一緒に飲み食いして遊べ」

「ですが、武家に出向くのにお一人というのは」

「志能便で手が空いている奴を呼ぶから心配するな。

 ……お前は遊びを知るべきだ、俺に奉仕するだけが人生じゃないぞ」


 遊びを知らん大人になると下らん詐欺に引っかかったりするからな!


「とはいえ、今日は俺の見回りについてきてもらうぞ。明日休みの分キリキリ働け」


 俺の扱き使う発言に自来也は目を輝かせて大きく頷く。


「はい! お任せください!」





 まず最初に俺と自来也が訪れたのは村の中心にある食品加工所だ。ここでは冬を越すための支度が毎日のように行われている。働いているのは主に元から畔村に住んでいた女性が中心となっている。

 ここで作っているのは大きく分けて三つ。燻製とコンフィ、ぺミカンだ。どれも火を使う必要のある保存食なので、俺がプロパンガスを供給しないと燃料費で足が出る。故にこの施設で俺が量産し、各家庭に販売する分を生産している。

 俺と自来也の二人が民家より二回りほど大きい施設内に入ると、警備にあたっている織田家から貸し出された兵が責任者の妙おばさんを呼びに行ってくれた。


「いつ来ても暖かいですね」

「ここの仕事は専門的な部分があるから役場での雇いはない、それが苦情で上がって来ているんだが、自来也どうにかしてくれ」

「不平を言った者を殺しましょうか?」

「刀傷沙汰はやめろ」


 ノータイムで獲物を握ろうとするな。人の世に必要なのは人知の輪って教えたろうが。この時代の奴はすぐ暴力に走るのがイカン。

 俺が自来也の手の速さに頭を抱えていると、施設の奥から妙おばさんが小走りで駆けてきた。彼女は源太のお母さんでもある。


「十川様、よくおいでくださいました」

「うむ、皆は保存食の生産は慣れたか?」


 妙は俺の言葉に「たはは」と困ったように笑う。その様から見るに、まったくうまくいっていないのだろう。しょうがない、俺が一度だけやって見せただけでマニュアルなんてものはないんだからな。


「燻製は殆どの者が生産できるようになりました。しかし、逸見漬けと油漬け鳥は仕込みの腕がいるもので……」


 妙が俺たちを作業場の方へ誘導し、最初の作業場の逸見漬け、現代で言うところのぺミカンを作っている場所にやってきた。

 ぺミカンとはアメリカやカナダに住むネイティブ・アメリカンたちの伝統的な食品であり、保存食の一種だ。溶かした獣脂に干し肉やドライフルーツを混ぜて固めたもので、湯に溶かして食べることで生きるのに必要なカロリーが効率的に摂取できる食品だ。日持ちもするので、津島でも結構売れている村で一番人気の産物だ。

 

 作業場では大きな台の上で山で獲れた鹿を絶賛解体中だった。包丁と言うよりは山刀を振り回す女性陣が慣れた手つきで女性が三人がかりで肉に分解していく。明らかに俺が捌くより手慣れている、これを見せられたら、役場ことギルドで素人を雇う訳には行かないわな。


「皮はないんですね」

「皮と内臓、血抜きだけは狩ったときに処理するように言いつけてあるからな。ここで処理するのは肉と油の仕分けが仕事だ」


 自来也の疑問に答える。その間にもスパスパと繋がったままの鹿の肉体が枝肉になっていく。まず大きな鉈で四足を落とし、胴体の油をこそぐ様を見た自来也は思わず感嘆の吐息が漏れている。確かに職人芸は極めると美しいよな。

 三人がかりで十分ほどで大まかな脂を足元にある木桶に落として、肉を二人、脂を一人の分担で別の場所へ移動していく。

 脂は作業場のすぐ傍にあるぺミカンを作る場所へ。肉は更に細かくしてジャーキーになるのだ。

 俺たち三人はぺミカンを作っている作業場に移動する、そこにはアルミのテーブルの上に俺の用意した大きなプラケースいっぱいに入ったナッツ・ドライいちじく・そして先ほど作った鹿の脂が並べてある。


「凄い匂いですね」

「獣の脂だからなぁ」


 先ほどの一人が鉄鍋の中に脂をどっさりと入れて塩や香辛料などの調味量を目分量で突っ込む。大雑把だが、これが味の違いを生み出して評判がいいらしい。味の均一化にうるさい現代とは違うのだ。

 脂に火入れするときに使うのは俺が以前使っていた業務用のガス台と同じものだ。脂を持ってきた女性がチャッカマンでコンロに着火し、脂の匂いが部屋に充満し始める。窓は開いているが、熱気が籠って冬とは思えない部屋の気温である。

 三十分ほどしてゆっくり過熱して脂が十分に溶けたらナッツとドライいちじくを適量入れ、ある程度馴染んだら現代から持ってきた何十ものアルミの弁当箱に流し込んでいく。ぺミカン担当の女性はアツアツのアルミ箱を手ぬぐいで握って部屋の外に出し、冷却する準備を整えたら再び解体作業場へと戻っていった。

 

「何も問題がないように思えるが」

「解体できる刃物を綺麗に使えるのが彼女たち三人だけなので、誰かが別の用事が入り休むと生産数がかなり落ちるのです」


 あぁ、あのコンビネーションを誰でも発揮しろってのは酷な話だ。

 だが、下手な奴に解体をやらせると商品にならなくなるからなぁ。



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