子が産まれる
一五二八年(享禄元年) 十二月中旬 尾張国天神村 十川廉次
「産まれたぞ、男だ」
雪が降る十二月の中旬。十川屋敷に厚着をして入ってきた孫三郎が、酒場でガキンチョたちとトランプをしている俺に開口一番報告してきたのは、なんと出産報告だった。
いや、誰の子供だよ。
「兄上だ」
え? 冬になる前に取引の話をするために来たときはそんなこと言ってなかったじゃないか。
「家中以外で産まれる前に話すわけなかろう。死に流れたら嫁御の悪い噂が流布するかもしれんのに」
そりゃそうか。この時代の出産って命がけだもんな。
「側室の子ではあるが兄上にとっての初子、出産に入ってからはソワソワと屋敷の中をうろちょろして親父に叱られておったぞ」
「それは見てみたかったな。どんな表情をしていた?」
「顔はいつも通りの鉄面皮だった」
そこまで無表情だと逆にすごいなアイツ。俺が信秀の表情変化で見たことあるのしかめっ面だけだぞ。
「そうかそうか、出産祝いを用意せんとな」
「それもありがたいが、明日にでも宴会を行う予定なんでな。お主も参加しないかと誘いに来たんだ。ついでに以前話した山科も逗留しておる、適当に相手してやってくれると助かる」
「あー、こっちに来るって話は立ち消えになったもんだと思ってたわ」
「こちらもそう思っていたが、畿内の戦の火が消えずに帝を置いて外に出るなんてのは出来なかったみたいでな。今年は元号も変わり、両細川の陣営も意見が合わずに戦どころではないと畿内で睨み合いになっておるから今のうちにってことで急ぎ訪れたらしい。
小康状態の今のうちに各地に顔を繋いで金子を集めんと公家でも餓死者が出るかもしれないほどに困窮状態のようだ。城の中では平然とした表情をしているが、腹の中では不安がグルグルと渦巻いているだろうよ」
山科の様子を酷く面白そうに語る孫三郎。金の無心しかしない公家に対する怒りが見え隠れしているな。
「そう言うてやるな。物納で俺が主上への貢物を用意してやる。天神様を追いやった藤原の者に施せば、天神様の積年の恨みも多少は晴れるだろうしな」
俺は上! お前は下! って感じで。名前を借りている以上は天神様への一定の配慮はいるし、公家に餓死でもされて畿内の政務が滞ったりされでもしたら困る。
「それは助かるな。弾正忠家はなるべく物資を外に出したくない故」
「戦か?」
「おう、今から軍備を整えて数年のうち、恐らく三年後には行動を起こす。標的は……」
目の上のたん瘤の清州城の主、か。どうやら聞く限り無能ではないが使える奴でもないみたいだし、信秀は早めに織田家を統一したいと見た。名古屋の今川に対抗しやすくするためだろうな。
「まぁ、詳しいことは俺たちには大して関係ないしな。深くは聞かん。物資が欲しければ金払えよ」
普段通りの態度を崩さずに孫三郎へものを言う。孫三郎は俺のそんな態度にふっと笑って。
「分かっておる。代金は金ばかりではなく、領地を寄進するのはどうだ? 尾張には主のおらん村や山が結構あるぞ。今川やら松平に繋がって斬られたアホが一山できかんのでな」
「あー、それもいいかもな。畜産や農業を広げて民が飢え無くなれば多少はここいらも落ち着くだろうし」
今の寄進地にある微妙に使いにくい牧場なんかも移設して大きくしたいわ。牛タンを山のように食いたい。
「まぁ、そこらへんは明日にでも兄上に聞かせてやってくれ。ついでに赤子の幼名も天神様から取ったりして浮足立っているのも説教してくれると助かる」
「そんなに酷いのか」
「無表情のまま些細な失敗をするから家中にいると腹筋に悪い。この前なんぞ急ぎの書状に何度も同じ挨拶を書いていたんだぞ。挨拶だけで用紙が終わっているのを見て何度笑ったことか」
思ったより重傷で笑うわ。子供が産まれるってそんなに人を変えるもんなんだな。
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