五助と銀二のおでん

 一五二八年(享禄元年) 十一月下旬 尾張国天神村


「おう五助。これから一杯どうだ?」


「いいな、付き合うぜ銀二」


 天神村の十川屋敷酒場で五助と呼ばれた大男と銀二と呼ばれた猫背の男が挨拶を交わして二人掛けの席に着く。

 夜も更けたというのに十川屋敷は明かりに満ちており、その明かりは冬の曇り空よりも明るいと民たちの間では評判だ。


「俺は麦酒と鳥の薬味焼きをもらうか」


「お前はいつもそれだな。俺はおでん尽くしで清酒を飲む」


「おまっ、おでん尽くしって四銭もする奴じゃないか!」


「十川様とお話させていただくことがあってな。清酒が好きだと言ったらおでん尽くしを頼むといいとお教えくださったのよ。

 あの食の伝道師であるあの方が仰ったなら間違いねぇ、酒を我慢して川浚いを三日連続頑張って懐を温めてきたからよ。俺は今日、飲みまくってやるつもりよぉ」


 満面の笑みでおでん尽くしに思いはせる銀二。五助はその表情を見てゴクリと喉を鳴らすが、財布の中身は七銭。川浚いは今日で終いだと聞いたばかりの五助は非常に悩む。ここで贅沢をすれば明日からが厳しくなると、だが、十川のおすすめならば食べてみたい。

 悩みに悩んだ五助は、決断する。明日のことは明日考えればいいやと。


「じゃあ俺もおでん尽くしにするわ。酒は麦酒のままだけどな!」


「お、ノリがいいな。それじゃあ頼みに行くか」


 十川屋敷の酒場は注文した商品を厨番が器によそい、それを食べた後に所定の場所に器を返却するセミセルフサービス形式である。五助と銀二は注文した酒とおでんのたねが入った大きめの器を受け取って席に着きなおす。

 おでんの器に入った色とりどりのおでんのたねを見て五助と銀二は、思わず唸る。唸りながら缶ビールのプルトップと清酒の栓を自然と抜いているのは御愛嬌。


「これ、なんだべ?」


「大根と卵、こんにゃくはわかるが……」


 二人が悩むのも無理はない。おでんのたねは大根・人参・こんにゃく・さつま揚げ・ちくわ・鶏肉団子・ゆで卵の八種類。

 人参は日本に広まるかどうかの時期であり、さつま揚げは江戸時代に作られたものなので戦国時代にはまだ影も形もない。ちくわも蒲鉾はあるが高級品なので庶民の二人が見たことあるわけもない。戦国時代で用意しようと思うと結構な額になる、それが十川の用意したおでんなのだ。


「とにかく食ってみるべ。オラはこの茶色の三角を……」


「俺は赤いやつで」


 五助と銀二はどちらかが合図するわけでもなく自身が告げたおでんたねを勢いよく頬張る、当然アツアツのおでんを口にすれば。


『あっちぃっ!!』


 口の中で煮汁を含んだ食材が大暴れするに決まっている。二人は冷たいものを求めて、酒を一気に煽る。


『うっめぇ!!』


 麦酒ことビールを飲んだ五助はさつま揚げのほのかな甘みとビールの苦みのマリアージュに酔いしれ、銀二は人参の甘みと清酒の米の甘みが融合した旨味を味わう。

 二人の顔はたちまち笑顔になり、箸を持ったその手は他の具材へと伸びていく。

 あっという間におでんと酒はなくなり、器に残った煮汁まで飲み干した二人は腹をさすりながら。


「これが天上の食いもんか……」


「わざわざ俺たちに食わせてくれるなんて十川様は本当に尊いお方だ……」


 五助と銀二、歴史では語られない民草の二人が満足しながら笑い、過ぎ去ったおでんの味に思いをはせて十川屋敷酒場の高い天井を眺めていると。


「いや、ただのおでんでそこまで崇拝されても困るわ」


 右手にトング、左手に唐揚げが山のように積まれた大きなボウルを持った十川が話しかけてきた。

 二人は驚き、頭を下げようとするが。


「あー、だから頭を下げんでいいって。どいつもこいつもすぐ平伏して話が進まねぇったらありゃしねぇ。

 おら、唐揚げ食って明日からもがんばれよ!」


 十川は素早い手さばきで綺麗になったおでんの器に小ぶりの唐揚げを五つずつトングで入れると、別の席の客を目指して去っていく。

 唖然とする五助と銀二の二人は、呆然とした顔で唐揚げを手で取って口に運び。


『うまいっ!』


 その芳醇な肉の甘みとニンニクの刺激に再び笑うのだった。




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