マネタイズ・ソゴー

 二〇二二年(令和四年) 五月中旬  十川廉次


「お世話になってます、十川です。柴田さんいらっしゃいますか?」


「あ、呼び出しますのでしばらくお待ちください」


 無事に向こうの引っ越しが完了し、一息ついた。まぁ、大人が十一人も加わったから片づけなんてすぐ終わったしね。

 それよりも片づけ前の久々の身内の再会が最悪だった。六人娘のガキンチョが泣くわ喚くわでてんやわんや。そりゃ家族みたいな奴らが生きて会いに来たらわかるけどよ。鉄皮面みたいな大人たちが困った顔で慌てていたのは面白かったが、もう二度とあんな状況はごめんだ。

 片付けも終えてテントやらガスコンロやらは社を経由して母屋に収納して下山した。その際に戦国時代の社に埋め込まれた聖気石と呼ばれるマーキングストーンを忘れない。婆さんの残したノートではこれを新たな拠点に埋めるとタイムトラベルの場所を更新できるらしいが……。

 ちなみに、これを取り出した時点で社の中でタイムトラベルできなくなっていたので、場所を更新できないと詰みになる。とんでもない博打だな、まず現代で試すべきだったんじゃないのか俺。

 そんな心配を他所に無事に新しくマーキングできたので俺は現代へと戻ってくることが叶った。

 余談だが、新たな拠点は畔太郎の家。畔村で村長をやっていた畔三太の息子の家だ。捕まえるときに抵抗されたので嫁諸共に斬ったらしく、家の中には血がこびりついている。早く俺の屋敷を建てたい理由が増えたわ。


「いやぁ、お待たせしました。兼谷製作所の柴田です。今日はご注文の品の最終確認をしてもらいたく、当社へとお呼びさせていただきました。こちらがサンプルです」


 そんなトンでも状況真っ只中の俺が現代でやってきたのは愛知県にある金属加工会社。事前にネットからあるものの注文をしておいたのだ。

 そう、戦国時代で広く流通している永楽銭に取って代わる貨幣である。


 柴田さんから受け取ったサンプルは二十五ミリ直径で、表面に天神銭、裏面に梅の花が描かれた、中心には角穴が開いたメダルだ。

 そう、これは戦国時代で俺が使う金にするつもりで製作してもらったメダルである。先日の密談の中で大橋さんに津島の問題を聞いたときに、鐚銭が横行して取引が滞ることが多くなっていると愚痴っていた。つまり、適当に作った質の悪い私鋳銭が増えているってことだ。

 ならば、俺が戦国の世に高品質のこのメダルを流して、金の流れを握れば一儲け出来るんじゃないか。そう考えたのである。俺って天才じゃん!


「こちらがご注文の真鍮製でメッキなしの仕上げの見本になっています。ご注文の品ですと金色のメダルになるので、古美仕上げやブラスト(つやけし)仕上げと比べても遜色ありません。ここまでいくと仕上げは好みですね。

 十川様は五千枚注文ということで、金型代が両面加工に穴ありなので六万三千円、製品代が二十五万円の計三十一万三千円になりますが……。よろしいですか?」


「はい、契約お願いします」


 久々の大口契約だったのか、柴田さんは嬉しそうにはにかみながら。


「ありがとうございます。それではご住所に配達させていただきますので記入用紙と契約書をお持ちするので少々お待ちください」


 よし、一つ問題を解決した。

 大橋さんも俺に泣いて感謝するだろう。

 感謝ついでに早く売れるものを渡してくれないと俺の財布が干上がる。残高がもう五十万切りそうなんだよ。






 一五二八年(大永八年) 六月 尾張国畔村 十川廉次


「これが天神銭ですか」


「おう、天の国の者に作らせた」


 戸口にべったりと血の跡がついた俺の現在の居城、畔太郎旧宅にて大橋さんが俺の持ってきた古銭っぽいメダルの天神銭を観察している。

 複数枚を裏表確認して、うむうむと唸った大橋さんは俺の目を見て一言。


「非常に出来がいいですな」


 機械で作ってるからね、とは言えず。


「天の国でも一際腕がいい者に作らせたからな」


 と大嘘を吐いて大橋さんを納得させる。

 大橋さんもそれを信じたのか大きく頷く。


「そうでしょうな。試しに津島内で流通させて反応を見ます。しばらくは様子見ですが、永楽銭に取って代われるやもしれませんなこれは」


 そりゃ現代技術の結晶ですもの。四百年前の時代じゃ手も足も出んでしょうよ。


「それだがな。お主はこの銭の半分だけ引き取って、俺との取引のみで使えると広めてくれ。残りの半分は弾正に渡して褒美にさせる」


「褒美……、確かにそれは有用ですな」


 流石に商人、頭の回転が速いな。信秀に褒美として天神銭を渡させることで、武家の連中に天神銭が回る。付き合いなんかで銭をばらまかなければいけないであろう奴らが経済を回してくれるのが最優先だ。

 武家が金を毛嫌いすることが多いからな、俺の肝入りと知れば多少は使うだろうし、酒の味という蜜を知った奴らが我慢できないとは思えない。

 商人のほうは実利で考えるから、割と簡単に天神銭を受け入れてくれるはずだ。結果は見えないが、とりあえず金の問題はこれで一時的に収まるはず。


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