志能便来る


 一五二八年(大永八年) 五月末 尾張国 十川廉次


「つーわけで、山を下ります。明日は全員で協力してお片付けしましょう」


『はーい!』


 信秀たちと密談した後、自来也と孫三郎を交えて俺たちは明後日のことを話した。

 山を下りることは自来也、孫三郎ともに賛成、特に自来也は大手を振って喜んでいた。いつガキンチョたちが山で遭難するかと毎日ハラハラしていたらしい。気が付かなくてごめんね。

 孫三郎は信秀からの密命として今日の夜から俺の白ランを着て畔村に泊まるらしい。万が一、前村長である畔の手のものが残っていると危険なので囮役ってことらしい。無論、傅役である林八郎左衛門が付き添うので下手は打たないらしいが少し心配だ。

 明後日の朝に山を下りる予定なので、社周りにある現代の品は社の内部に一度しまいこんで現代に送り返し、食料だけ、といっても大したものはないが、それだけをもって下山する。そして、畔村に新しく屋敷を立ててそこを拠点にすると決まった。

 新しくできる屋敷は俺専用で、畔村長宅は自来也たちに下げ渡す予定だ。流石に部屋がない戦国時代の農民の家では俺のストレスがマッハなのでこれは致し方ないことである。



 そんなこんなで、夜。むしろ深夜か。一切の明かりが消えた暗闇だけの夜。戸口の外からの自来也の声に目が覚めた。


「兄御、少しよろしいでしょうか」


 ガキンチョたちを起こさないように小声で語りかけてくる自来也。なにやら内密の話があるらしい。

 閂を外して、ランタン片手に外に出ると。戸口のすぐ横で自来也が控えていた。


「なにようだ」


「畔村の件ですが、生き残った志能便も共に住まわせていただけないでしょうか」


 驚いた、志能便と言えば自来也たちの家族のようなもの。生き残りがいたのか。


「生き残っていたのか」


「はい。棟梁である俺の親父と偶然生き残った清の母、後は九名の志能便働きができる者が現在津島に逗留しております。

 先日、織田弾正忠家の方々と取引をした際の荷の受け渡しの時に接触してきました」


 あー、織田家が量が量だから山の上から畔村まで運ぶのに人夫を結構雇ってたもんな。紛れ込んでてもおかしくないか。


「別れてからの経緯を告げると是非とも廉の兄御に礼が言いたいと。

 そして、手足として仕えることをお願いしたいとも」


「なるほどな」


 簡単にまとめると、忍者が家も金もないから大恩ある俺に礼を言うついでに雇ってくれないか、住む場所もくださいってことね。

 都合よく山を下りることになったから自来也も俺に知らせる踏ん切りがついたと。

 自来也の性格的に俺に貸しばっかり作ってるから言いにくかったんだろうな。


「俺は構わん、だが扱き使われることだけは覚悟しておけと言っておけ」


 俺の言葉に自来也は目を輝かせて頭を下げた。


「ありがとうございます! それでは、早速知らせてきます!」


 はぁ? 今から!?


「ちょ、ちょっと待て。今からか?」


「はい、志能便に取って夜道など慣れたものですから」


 そういう問題じゃないだろう。危険なものは危険だ。


「動くのならば明日の朝早くからにしろ。もし何かあってお前が帰れなければ娘たちが泣くであろうが」


「あ……。それもそうですね、失礼しました」


「親と再び生活できることが嬉しいのはよくわかる。だからといってお前が浮足立てば彼女たちも吊られるぞ。あくまで平静に動け、よいな?」


「はい、肝に銘じます」


 自来也も落ち着いたようなので、早く寝るように言いつける。テントに戻っていく自来也を確認して社の中に戻ろうとすると。


「ご配慮、ありがとうございます」


 目を見開いて背後に視線を向ける。いつの間にか、階段下には黒い衣服を纏った男女十一名が膝をついて俺を見つめていた。

 声が震えないように、極めて冷静に喋る。


「お主らが志能便の?」


「はい、大伴細人より連なる影働きの末裔、志能便の一座でございます」


「そうか。自来也に感謝するのだな。あやつが懸命に働かねばお主らなど信用していない」


「重々承知しております。我らは影、使いつぶしてくださいませ」


 ……あー、なんか気に入らねぇなコイツ。

 親のくせに子供のことなんか勝手に育つぐらいの考えが透けて見えるのが気に入らねぇのか? そうか、俺を残して心中しやがったクソ親どもに似てんのかコイツ。


「ならば、一つ命じようか」


「はっ、なんなりと。天神様の御使い様の命ならばなんなりとお申し付けください」


「今後一切、志能便働きで死ぬことを禁ず。あの六人の娘が嫁に行くまで命を懸けて働こうとするな」


 じゃあ、寝ると言って社の中に戻る。奴らの驚愕した顔をジロリと見てやれなかったことが残念だ。


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