引っ越しが決まったよ
一五二八年(大永八年) 五月末 尾張国 十川廉次
食事も終え、ガキンチョたちウィズ孫三郎アンド自来也はお昼寝に向かった。社から少し下ったところにいい感じの木陰スポットがあるのだ。
一方、俺と信秀、大橋さんの大人組は密談をするために社前のレジャーシートの上でお茶会だ。
烏龍茶を氷入りのグラスに出し、お茶うけに煎餅を用意した。流石に真面目な話をするから酒を飲ますわけにはいかんからな。あ、二人ともこの季節に出てきた氷に引いてる。
騒がしさが遠ざかった社前で、まずは俺が切り出す。
「まず聞きたいのは織田弾正忠家の現在の目標は何だ?」
「……目標と言われても困りまするな。清州の主家である織田大和守家を食らうことは家中で暗黙の決まりとなりつつありますが」
「若様、お口が過ぎますぞ」
「黙れ源左衛門、腹を割らねば御使い様に失礼だ。全てを詳らかにしてこそ御助力を願えることもあろう。それと若様はやめよ」
思ったより信秀が腹くくってて怖い。いや、ここまできたら全面的に協力はするけどさぁ。
「落ち着け二人とも。主家に弓引く理由を聞いてもいいか?」
「赤子でもわかることでございます。先日、守護様に変わり上洛の触れを出したにも拘らず、その上洛はただの遊覧目的だと宣もうたのです」
上洛ってのは敵対勢力を排除して中央政権の主導権を握るのが主目的だから、ただ京都に行きたいだけの大和守家はクソだから下剋上するねってこと? 血の気多くない?
「それに自在天神様は武を持って支配したものは武を持って裏切るとお授けくださいました。武を持って我らを支配している大和守家には付き従えませぬ。
幸い、我らには津島よりの金があります。大和守家との戦力はむしろひっくり返って入るやもしれませぬ。故に一つ叩いて人智の輪の元にひれ伏せさせましょう」
なんか信秀、宗教にはまったやばい人みたいになってる。
さては天神の言葉を免罪符にして暴れるつもりかコイツ。
うーん、これは注意しておくべきか……?
「そうか、無理はせぬようにな」
「はっ。お言葉、心に刻みます」
刃物持ったやべー奴に注意とかできるわけないじゃん。俺に被害が出ないように好きにやってくれやもう。
嬉しそうにする信秀をチベットスナギツネのような表情で見つめる俺に、今度は大橋さんが質問してきた。
「では、私から一つ。御使い様にお願いした津島の件、お考えいただけましたでしょうか」
おそらく、津島に出店してほしいと言っていた件か。
あれからよく考えたんだが、俺が未来の品々を津島中心で売ると津島が力をつけすぎて織田家とのパワーバランスが崩れるんじゃないかって思うんだよな。だから、俺の答えはノー。これは結構前から決めていた。
「あぁ、出店の件か。考えてはみたが、それは断らせてもらう。理由は分かるな?」
「はい、そもそもが駄目で元々のお願いでございましたので」
「それでは織田家の直轄地を寄進するというのはいかがか」
流れそうになった話が信秀の横やりで息を吹き返す。
「場所はこの山の下の畔村。あまり恵まれた土地ではござらんが、御使い様なら神の智を持って変えられるのではありませんか?
そこでの取引ならば織田弾正忠家としても津島としても距離的に困るものではありませぬ。どうか御再考を」
あー、源太たちの住んでいる村か。確かにあそこなら住み心地よさそうだったよな。
って、あそこは地侍の畔さんがいたじゃん。横取りは駄目でしょうよ。と言ってみるが。
「あそこの地侍親子は今川と繋がっていたので既に斬り申した。無論、間者諸共処したので御使い様の情報は漏れておりませぬ」
「大野木殿を襲った野盗も奴らめが裏で手を回していたようです。
御使い様の下賜された大量の物資に目が眩んで簡単に尻尾を出してくれましたよ」
うわ。軽率に人が死んでんじゃん。
「万が一のことがありますので、御使い様の身を守るためにも下界に降りていただき兵を護衛につけたいというのが某の思いでございます」
ここまでのことを織田弾正忠家トップの信秀に言わせたら……。断れないよねぇ……。
二人は逆上するタイプじゃないって分かってるけど、家臣がカチコミかけてくるかもしれないし。もう、素直に頷いておこう。怖いし。
「分かった、世話になるとしよう。明後日には山を下りる故、受け入れの備えを頼む」
「はっ。お任せください」
図らずも引っ越しが決まっちまったなぁ。
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