第9話   密入国者ぁ!?

「なんだか、私に似てる……」


 ベルジェイが半透明のお魚に、ぽつりと、そんなことを漏らすものだから、日の下でゆっくりと干からびてゆくソレから、僕は適当な理由を付けて、彼女を連れて遠ざけなきゃって考えた。


 ふと、彼女が一艘いっそうの漁船に目を向けた。


「あの船の積荷から、物音がします。動物が紛れ込んでいるのかも」


「ええ? 大変だ、出してあげないと。誰の船かな、様子を見てきてー!」


 僕の声に、数名の漁師さんが積荷降ろしのペースを上げてくれた。ごめん、急がせちゃって。でも、スリープみたいなお年寄りの小動物が入ってるかもって考えたら、なんか可哀想で。


 最後に下ろされた積荷も含めて、けっこうな大きさの樽だった。お酒でも入れてたのかな、と思ってたら、中からゴトゴト揺れだして、蓋の部分が豪快に蹴破られた!


 転がり出てきたのは、知らないお爺さんだった。くったくたに疲れてる様子で、這うように出てきたよ。


 なにこれ、どういうこと? 僕どうしたらいいの?


「ふい〜! 密航など何十年ぶりだ、もう二度とやらんぞ!」


 ええー!? 密入国者ぁ!? しかも初犯じゃないのか。


 当然というか、大騒ぎになった。漁師さん数名が、錯乱のあまりお爺さんを再び樽の中に押し込めてる。「イタタタ!」って叫んでるから、なんとかしないと! 僕がこの場を仕切らなきゃ!


 こういう時ってさ、僕なんかよりもリーダーに相応しい人が別にいるんだろうな〜って考えてしまう。このウルトラネガティブな根性、直していかないとな。


「みんな落ち着いて! 相手はお爺さん一人なんだよね? あんまり乱暴しないであげよう」


「うわ! 王子お下がりください! この者は密入国者なのです! 危険ですから、どうか近づかないでください!」


「ああ、うん、わかった。でさ、その樽なんだけど、どこから持ってきたのかな? 密入国者が入ってたってことは、外から持ってきたの?」


 この海は貿易もろくにできないくらい天気がひどいから、外から船が来るだなんて考えられないけど……今日みたいに、たまに晴れたら、可能かもしれないな。ほぼほぼ運頼りだけどさ。


 漁師の何人かが、気まずそうに目配せし始めた。なんだなんだ? 何があったんだ?


「じつは、あの島で漁をしていたときに、見覚えのない船が一艘、増えていまして」


「船? 樽じゃなくて船が増えてたの?」


「はい。その日は、数カ月ぶりの晴天で、ちょうど今日のような空でした。天の情けだと感謝して、夢中で漁に集中していたら、いつの間にか、知らない船が接近していて、酒のおかわりは要らないかと、言われまして……」


 これに驚愕したのは、僕の後ろで控えていたベルジェイだった。


「素性のわからない者から、食料を貰ったのですか!? 毒が入っていたらどうするのですか!」


「ひええっ、美味そうな色した酒だったんで、つい、何個も樽で貰ってしまいました。でもまさか、爺さんが入った樽まで紛れ込んでいただなんて〜!」


 貰う前に、お酒の色がわかったっていうことは、犯人は目の前で飲んで見せたんだな。長期の船旅をするときは、飲水の代わりにお酒を持っていく人もいるんだ。飲み水はいつか腐るけど、お酒は上手に保管すれば何百年も保つからね。上物のワインみたいにさ。


 それで、お酒好きになっちゃう漁師さんも、現れてしまうわけで。目の前で飲まれる美味しそうなお酒、それがたっぷり入った樽、誘惑に抗えなかったのか……。


「どんな船だったの?」


「使い古された漁船……のようでした、でも、古く見せてるだけで、実際はとても新しく頑丈で、古く見えるように色を塗っているようでした」


 そんな怪しい船から、飲み物を貰っちゃったの? あのさ、もしかしなくてもアル中だよね。それとも漁師さんへの報酬に、お酒も入れたほうがいいかな〜、今度父上や大臣と相談してみよう。


 今は偽装漁船の件が先だな。ベルジェイも漁師さんにお説教しだしたし、樽に詰め込まれたお爺さんは苦しそうな呻き声を出してるしで、ちょっと場を宥めないと。


「ベルジェイ、仕事中は知らない船から物資を貰ってはいけないっていう法律を、今度作ろうか」


「是非! 難破や船の転覆などの救助要請を含めた緊急事態も含め、見知らぬ船を見かけた際は本土への通報を義務化してください!」


「はーい……」


 ベルジェイめっちゃ怒ってるなぁ。うーん、僕も改めて海の法律が、お粗末だな~って感じたよ。今まで、こんなに狭くて常に大荒れしている海域に、好き好んで侵入してくる船なんて聞いたことがなかったからなぁ……あ、なんだか天気が曇ってきたぞ、またいつもみたいに雷雨や暴風に見舞われるのかな。


 視界の端で干からびちゃった深海魚は、みんなどうする予定なんだろう……。


 うおっ!? 樽の蓋を再び蹴破って、お爺さんが勢い余って前転しながら転がり出てきた。この人、いったいいつから樽に入ってたんだろう。そんなにうちの国に入りたかったのかな?


 お爺さんは、ビビる周りを怖い目つきでめつけるように見回し、こう言った。


「ミニ・ブルーベル姫はいずこか! 謁見申し出る! 我が名はアストラル・ミュールダール! 大国ティントラールの外務大臣なり!」


 え?


 えええ!? 何言ってるの、この密入国者。


 それにミニ・ブルーベル姫って――ベルジェイのもう一つの名前だよ!? ベルジェイに会うために密入国したってこと!?


 あ、ベルジェイが銀色の髪を隠すように、深く帽子を被り直したぞ。警戒してるみたい。


「……ベルジェイ、とりあえずお爺さんには何か食べてもらって、休んでもらいながら話を聞こうか」


「かしこまりました。手配いたします」


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