第8話 気分転換に海へ行こう
さて、発注していた商品の納品も確認できたし、お屋敷の倉庫にも運んでもらったし、あとは僕とベルジェイが、大荷物と一緒に船に乗って海を渡るだけだね。
初めての遠出が、船かぁ。海は何度か港でぼんやりと眺めてたことがあるんだけど、船に乗るのは初めてだな。
なんだか、胸がそわそわして落ち着かないや。まだ船に乗るまでには日付があるんだけど、気分転換がてら、港と手配した船を眺めに、馬車の予約を入れたよ。
僕のお屋敷と港までは、結構距離があるから、昨日のうちに馬車を手配して、今朝早くベルジェイと、それからスリープも連れて出発した。
馬車は屋根があるから、ベルジェイも日差しを気にせずに済むね。
「ベルジェイ、付き合ってくれてありがと。初めてする長旅のせいか、なんだか妙に落ち着かなくってさ、海を眺めてみたくなったんだ」
「お気持ち、お察しいたします。楽しい旅路では、ありませんものね……」
「あっ、君を責めてるわけじゃないよ。僕が行きたくて行くんだし、それにベルジェイの国を見学できるの、楽しみにしてるんだ。僕はこの国から出たことがないから、大きな国の発展ぶりは、きっと僕の人生にとって良い刺激になると思う。もちろん、思い出作りのための観光に行くわけじゃないから、大変な仕事も覚悟してる。でもきっと、行ったことをものすごく後悔するほど過酷な外交には、ならないと思うんだ、なんとなくだけどね」
嘘だよ、めちゃくちゃ過酷な予感がするよ。僕がこうして一分一秒スリープと一緒に居たがるのも、渡航先で殺されかねないからだよ。スリープと一緒にいられる、最後のひと時かもしれないだろ……。
僕だって、殺されるのは怖いよ。そうならないように回避にも徹するけど、どうしても難しい場合は、起きるかもしれないからね……せめてベルジェイを僕の国に連れ戻すための手配だけは、整えておこう。
……大きめの馬車を手配したとはいえ、向き合う席でベルジェイが座っているのは、ちょっと気まずいかな。今までは何とも思ってなかったんだけど、やっぱり、これからのことを考えると、ちゃんと話し合って決めることが、その、たくさんあって……
「あのさ……この前、オリバーとベルジェイがお風呂に入ってたときに、オリバーがしゃべってた内容、覚えてる?」
「はい。記憶しております」
「そ、そっか……。あのね、ベルジェイが妊娠した原因は、その、全部、僕のせいにしてね。他の誰かが、お腹のこと聞いてきたらさ、全部僕が悪いってことにしといてね」
「なぜですか? 二人で決めたことなのに、なぜクリストファー様だけのせいにしなければならないのですか?」
ああ、本当にわからないって顔してるなぁ。ベルジェイは、僕と対等に二人三脚していく気なんだ。それは、素直に嬉しいよ。でもさぁ、僕は男だし、君を無事に預かるって義務もあったんだよ。君をうちの国で、ずっと守っていく義務が、僕にはあったんだ。
僕がベルジェイと平和にお屋敷で生活している間にさ、兄上が外交に苦戦してて、ずっとベルジェイの祖国から虐められてただなんて……知らなかった……。
ベルジェイの国は、キングベルジェイを取り戻したいんだよね。わかってる。悪用とかも、できそうだよね、それもわかってる。
僕が、せめて悪者になるくらいは、やらないといけないよなぁ……。どっちみち預かってる大切なお姫様をご懐妊させたんだから、僕が百パーセント悪いってことになるよな。
本当は、僕と彼女の関係性はぜんぜん進んでないのにね。変だねー。
あんな手紙、出さなきゃ良かったのかな……。お返事、まだなんだ。ベルジェイの中で、どんなふうに捉えられちゃったのかわかんないけど、マイナスにはなってないことを祈るしかない、よな。
せめて、君の盾にはなるよ。
もしもティントラールが、君が安住できないくらいひどい故郷だったらさ、また絶対に僕の国に、帰ってきてよね。
馬車の窓からオーシャンブルーの煌めきが見えた時は、辛気臭いことばかり考え続けてた僕の頭に、真夏の朝日が差し込んできたかのような衝撃が走ったよ!
「うわー!! すごく綺麗! うちの国の海って、こんなに綺麗だったんだ」
「滅多に晴れませんものね。今日は良いお天気です」
見渡す限りの青い海……って言いたいところなんだけど、防波堤がごちゃごちゃと設置されているよ。よく海が荒れるから、海辺には家が建ってないんだ。晴れてる今は、住みたいくらいステキな景色なのに、海の上が変な気候になってて、よく台風と雷雨が暴れてくれるんだ。危ないよね~。
今日はさ、雨でもいいから海が見たい気分だったんだ。もちろん、荒れてる海だろうから、遠目で眺めるだけのつもりだった。けど、こんなに嬉しいサプライズが待っていたとは。忙しい日常が浄化されてゆく~。
「ブルニャア」
「あ、スリープは水場が苦手だったね。大丈夫だよ、海の中まで連れてったりしないから」
それと、やっぱり浜辺は日差しが強いから、もしもベルジェイがついていくって聞かなかったら、日焼け止めと帽子と、それからビーチパラソルがいるなぁ。パラソルだけ、どこかで借りられないかな、持ってきてないや。
馬車を港前の路肩に停めて、スリープをペット用の乳母車に乗せまして、ベルジェイには日除けと日焼け対策をしてもらって、それではいざ、お散歩だ!
「ん? わあ、見て見てベルジェイ! たくさんの漁船が港めがけて進んでるよ! 無事に帰ってきて良かったね」
「船上のコンテナ内に、大量の魚が飛び跳ねているのが見えます。約一名、深海魚を掲げている漁師がいますね」
「君ってほんとに目が良いよね~」
この港から見える、あの鬱蒼と緑が生い茂る小島はね、僕の国の領土なんだ。あの島とその周辺は、いつも魚が大漁で嬉しいんだけど、最大の欠点があって、潮風がものすごい暴風になってて誰も住めやしないんだ。建物を造ろうにも、地盤が水浸しで掘れないし、大工さんも吹き飛ばされちゃう。ああ、それ以前に、船で近づくのすら困難だった。
あんな過酷な島なのに、大型の野生動物がたくましく暮らしてて、たまに僕たちの本土に向かって泳いできて、農作物を食い荒らしてまた島へ帰っていくから、地味に困ってるんだよね……。
お魚が獲れるのが最大の魅力だから、なんとか漁師さんに頑張ってもらっているよ。漁業用の保険にも入ってもらってる。島での建築が、絶望的な環境だから、漁師さんには島で野宿って形を取ってもらってるよ……めちゃくちゃ過酷だよね。
この国で食べられてる魚介類は、全てあの島周辺で獲れてると言っても過言ではないんだ。塩漬けや干物にして、お隣の国に贈ったりもするよ。遠い昔にね、僕の国はあの島と港を巡って、お隣さんと戦争してたんだけど、あまりにも魚が獲りにくい環境なのと、海がよく荒れて船が難航する気候のせいで、お隣さんが諦めて、僕らの国にあの島ごと海をくれたんだよね。全ての管理を押し付けてきた感じだね。海をもらった僕の国は、お隣さんへお魚をたくさん贈る約束をしたんだ。お隣の国は暑いから、生魚をプレゼントすることはできないんだけどね。
海って、外交や戦争の道具に便利だから、本当はお隣さんも、この海が欲しかったと思うよ。もしかしたら、いつでも僕らの国からブン取る算段を考えてるのかもしれない。こういうとき嫌だよねぇ、陸続きの異国って。
お、ちょうど今、漁師さんが本土へ帰ってきたよ~。家族の人かな、出迎えが賑やかだ。うーわ、どの船もボロボロになってる……あの島、なんとかならないかなぁ。自然が相手だもんなぁ。どこかの国に腕の良い設計士はいないかな、せめて島に拠点となる場所を、複数設けたい。
僕達も漁師さんのもとへ、歩いていったよ。獲れたてのお魚を見せてもらった。漁師さんの一人が、その場で捌いてくれてさ、海の塩味のついたお刺身を食べたよ。スリープもざらざらした舌で舐めたり、ゆっくりもぐもぐと咀嚼してた。
そして、港にベロ~ンと広げられた、真っ白なお魚を大勢で観察した。これがベルジェイが言ってた深海魚か……どうしてこんな形に進化しようと思ったんだろう。ピカピカ光ってるけど、たぶん虫の息だ。今更、海に投げ入れても、別の魚にすぐに食べられちゃうと思う……。
「漁師歴三十年のこの俺でも、こんな魚は見たことねえや! これも食べてみるかい? 王子様」
「え!? あの、僕達はこれから遠出する予定があるから、食べ慣れない物は遠慮するよ。お腹壊しちゃうかもしれないから」
「へっへっへ、冗談だよ冗談。魚なのかクラゲなのか形が半分溶けてるし、人間の皮膚みたいに血管の透けた肌してるし、さすがの俺も気持ち悪くて捌けねえや。血に毒があるかもしれないしな」
ええ? このおじさん、さっき船の上で自慢げにこの魚を掲げてたよね。食べるのは嫌だけど、触るのは平気なのかな。
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