71日目「選択公理を理解する」

選択公理は次のような公理である。


選択公理の厳密な主張

集合Xの集合族S⊂P(X)(ただし、P(X)は冪集合とする。)に対して、A=∪(x∈S) xを考える。このとき、∃写像f:S→Aが存在して、f(x)∈xとなる。なお、このようなfを選択関数と呼ぶ。


この公理を初めて見たときに、おそらく大半の人が梅干しのような顔になっていることだろう。選択公理とはいうものの、何を選択しているのかが全くわからないためである。また、抽象的な書き方をされているから、というところもあるだろう。

このような抽象的な書き方では、理解することが難しいので、次のように具体例を与える。


選択公理内のXを{1, 2, 3, 4, 5}として、S={{1, 3}, {1, 5}, {4}, {2, 5}}という集合族を作る。このとき、Aというのは、x∈S全ての合併、和集合であるので、A={1, 2, 3, 4, 5}となる。このとき、F(x)∈xとなるような写像F:S→Aが存在するということが選択公理の内容であった。そのようなFはたとえば次のようにして得られる。

F({1, 3})=1, F({1, 5})=1, F({4})=4, F({2, 5})=2

手を動かしてみれば、Fが選択関数と呼ばれている理由がすっきりと理解できるはずだ。FはSという集合族の各元(集合)から代表する元を一つずつ選んでいるのだ。

このSから代表元を取り出しているという見方は同値類から代表元を選ぶときにも役にたつ。


選択公理のすごい、というか強力なところはXがどのような集合であってもそのような選択関数Fが存在すると言い切っているところである。さっきのXは有限集合であったため、そのような選択関数Fが存在するのはXに整列順序を定めて、x∈Sについて最小元を取れば示せる。


ただ、集合というものは一般的に言えば、無限集合であるN, Z, Qそしてそれらよりも遥かに大きな濃度をもつR, Cを扱うことが多い。よって、Xが有限集合程度で制限されているようでは不満が残る。よってXの制限をとっぱらったものが選択公理なのである。わかってしまえば、言っていることはあまり難しくないし、直感的にも明らかである。


しかし、いくら直感的に明らかとは言え、数学的に選択する、という行為が一般的に構成可能かどうかは明らかではない。無限個の部分集合から元を選んでくるのは想像に難くないが、具体的な数学的手続きのもと選択関数Fを構成するというのはそれより数段難しいことである。


また、この命題はZFC公理系の公理に採用されているが、これはZFと独立な命題である。詳細は省くが、ZFから選択公理(ACと書かれる)は導けないが、ZFに加えても矛盾しない、ということである。ACはZFの公理群から少しだけ離れた位置にいるのである。公理系の外の孤島のようなものがACなのだ。


ACを仮定することで、集合論を強力に進められる。ただし、解析学などにおいてはACよりも弱い公理である従属選択公理(DC)などでだいたいの場合十分である。


ACと同値な重要で基礎的な定理

基底の存在定理:全ての線形空間には基底が存在する。

ツォルンの補題:順序集合で全ての鎖が有界ならば、その集合には極大元が存在する。

整列可能定理:全ての集合には整列順序が入れられる。

他にもあるが割愛。


ツォルンの補題は選択公理を使うとことわられて証明される命題において使われやすい形である。また、整列可能定理は超限帰納法を用いる上で、前提として集合Xが整列している必要があるので、これもよく使われる。











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