第13話

 理の塔が崩壊し、立ち上る煙と火の粉の中を、俺は垂直に落下していた。目指すは学院の最下層、地脈の結節点に位置する「奈落の牢獄」だ。

「おのれ……小僧ォ! 私の数百年を、貴様ごときが踏みにじるか!」

 上空から、異形と化した学院長が追いすがってくる。彼は自身の肉体を影の怪物へと変貌させ、千の触手を伸ばして俺を絡め取ろうとする。だが、俺の体表を覆う騰蛇の浄火は、近づく闇を片端から灰へと変えていった。

 ドォォォン!

 最下層の床を突き破り、俺は着地した。

 そこは、魔法銀(ミスリル)の鎖が縦横無尽に張り巡らされた、直径百メートルを超える巨大な空洞だった。その中心、最後にして最大の楔――『神殺しの杭』が打ち込まれた祭壇に、彼はいた。

 全長十メートルを超える、紅蓮の鱗を持つ大蛇。背中には炎で編まれた翼を持ち、その瞳には地獄の業火を宿した神将、騰蛇。

 かつて俺の右腕として戦場を焼き尽くしたその姿は、今や無数の杭と鎖に縛られ、その強大な霊力を無残に吸い取られ続けていた。

「……騰蛇。待たせたな」

 俺の呼びかけに、大蛇の巨体が震えた。閉じられていた片眼が開き、俺を捉える。その瞳に、一瞬で歓喜と、そして溜め込んできた千年の怒りが灯った。

「キサマァ! 騰蛇に触れるな!」

 遅れて降り立った学院長が、周囲の影を一点に集め、巨大な黒い槍を形成した。それは周囲の空間すら歪ませる、絶望の質量。

「死ね! 騰蛇の力も、貴様の魂も、すべて私の闇に溶けろ!」

 放たれた黒槍が、俺の心臓を貫こうと迫る。

 だが、俺は避けない。右手に残った「炎の小太刀」を、背後の祭壇へと力強く突き立てた。

「――主の命に応えよ。契約の鎖を断ち切り、真の姿を現せ!」

 俺が呪力を流し込んだ瞬間、小太刀がまばゆい真紅の光を放ち、祭壇に刻まれていた第五の楔を内側から爆破した。

 パリン、と世界が割れるような音が響く。

「……グオォォォォォォォ!!」

 騰蛇の咆哮が、学院の地下から王都の空まで突き抜けた。

 ミスリルの鎖が次々と弾け飛び、吸い取られていた力が一気に逆流する。学院長が放った黒槍は、騰蛇から放たれた衝撃波に触れただけで、一瞬で霧散した。

「馬鹿な……!? 制御術式が……私の魂が……焼ける、焼けるゥゥ!」

 騰蛇から溢れ出した浄化の炎が、学院長の影を、そしてその醜い野望を焼き尽くしていく。彼は断末魔の叫びを上げながら、自身の欲望に飲み込まれるように灰へと消えていった。

 静寂が訪れる。

 崩落しかけた地下空間で、巨大な炎の蛇が、ゆっくりと俺の前に首を下ろした。

 騰蛇の姿は次第に小さくなり、一人の赤髪の精悍な青年の姿へと変わっていく。

「……遅いぞ、晴明(せいめい)。いや、今はレオンだったか」

 青年は不敵に笑い、俺の前に膝をついた。その首元には、かつて俺が授けた「契約の首輪」が、再び真紅の輝きを取り戻して収まっていた。

「……一時はどうなるかと思ったが、お前が燃料にされるほど落ちぶれてなくて安心したよ」

 俺はふらつく足で歩み寄り、騰蛇の肩を叩いた。

 魔力値「五」という劣等生の肉体は、限界をとうに超えている。鼻から血が溢れ、視界が急激に狭まっていく。

「主様!」

 白が駆け寄り、俺の体を支える。

「……白、よくやった。騰蛇、お前もだ」

 俺は安堵の溜息を漏らし、その場に崩れ落ちた。

 学院は崩壊し、王都の魔導システムは壊滅しただろう。明日からの世界は、魔術師たちが築き上げてきた偽りの繁栄が終わり、真の混乱が訪れるはずだ。

 だが、俺の傍らには、最強の式神が戻ってきた。

 残る十一神将の気配も、この紅蓮の咆哮に呼応するように、世界の各地で鼓動を始めている。

「……さて、次はどの『楔』を壊しに行こうか」

 俺は意識が途切れる直前、満足げに微笑んだ。

 陰陽師レオンの伝説は、ここから本当の意味で、世界を焼き直していくことになる。

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転生しても日本だった件(しかし妖怪がうようよいる世界だとする) @KENTO0725

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