第11話

温室の空気は一変していた。つい先ほどまで支配していた極寒の静寂は、今やレオンから放たれる圧倒的な熱量によって、陽炎(かげろう)となって揺らめいている。

「『持ち主』だと……? たかが魔力値五の子供が、大それた口を叩くものだ」

 魔導局長官、ヴォルガ・フォン・シュミットは嘲笑を浮かべながら、その重厚な杖を地面に突き立てた。彼の周囲には、学院が誇る精鋭「魔導騎士団」の面々が、幾重にも円陣を組んで俺を包囲している。

「レオン・アルバーン。貴様が時計塔を壊し、この祭壇を汚した罪、死を以て償え。――『獄炎の槍(インフェルノ・ジャベリン)』、斉射!」

 長官の合図と共に、十数人の魔導師が一斉に詠唱を開始した。大気中の魔力が激しく凝縮され、数十本の炎の槍が、回避不能な密度で俺を目掛けて放たれる。

(……この程度の火遊びで、俺の炎を御するつもりか)

 俺は一歩も動かず、ただ右手に握った「炎の小太刀」を横一文字に振った。

 

「――鎮(しず)まれ」

 放たれた言霊が、物理的な熱量を凌駕する「理」となって空間を支配する。

 次の瞬間、迫り来る数十本の業火の槍は、俺に触れる直前でピタリと静止した。それどころか、炎は意志を持っているかのように反転し、真紅から青白い「浄火」へと色を変え、放った主たちへと牙を剥いた。

「なっ……!? 私の魔術が、制御を受け付けないだと!?」

「制御? 違うな。お前たちの魔力は、この力の真の主の怒りに、平伏しただけだ」

 俺が小太刀を振り下ろすと、反転した炎が爆発的な速度で騎士団を飲み込んだ。悲鳴を上げる暇もなく、精鋭たちは自身の魔術に焼き払われ、その場に崩れ落ちる。

「主様、北側から増援が来ます! 第三の楔――『知識の回廊』にある重力核が、外部からの攻撃に備えて強制起動しました!」

 影の中で白(ハク)が叫ぶ。

 学院はすでに戦場と化していた。地下の騰蛇(とうだ)の力が不安定になったことで、学院を支えていた他の楔たちが、防衛機構として暴走を始めたのだ。

「……白、お前は聖女を連れて退避しろ。ここからは、少し『陰陽師』らしい戦い方になる」

「御意! ご武運を!」

 白がエルナを連れて影に消えるのを確認し、俺は学院の中央広場へと続く回廊を駆け抜けた。

 行く手を阻むのは、物理法則を無視した「重力」の歪み。壁が床になり、床が天井へと跳ね上がる。学院の建築そのものが、俺を圧殺しようと蠢いている。

「急急如律令――土公(どこう)の神、地を鎮め、万象を平らげん!」

 俺は走る勢いのまま、空中に黄色の呪符を三枚配置した。

 符から放たれた金色の鎖が、捻じ曲がる空間を強引に縫い止め、正常な重力を取り戻していく。

 回廊の突き当たり。そこには第三の楔を護る「守護者」が立っていた。

 学院の誇る最高戦力、特級魔導師の一人だ。

「ここから先は通さん。……不気味な術を使う小僧だが、物理的な重力からは逃れられまい」

 守護者が手をかざすと、俺の周囲の重力が百倍に増幅された。床の石畳が粉々に砕け、俺の肉体が地面にめり込む。

(……確かに、この肉体はまだ十歳。物理的な負荷には弱い。だが――)

 俺はめり込む体を押さえつけることなく、不敵に笑った。

 

「物理法則に頼るのが、お前たちの限界だ。……『形』あるものは、すべて『念』によって書き換えられる。――召喚、金剛神将(こんごうしんしょう)!」

 俺が血で描いた五芒星から、巨大な光の巨人が立ち上がった。

 重力など存在しないかのように、巨人は一歩を踏み出し、驚愕に目を見開く守護者の首を掴み上げた。

「……な、なんだ、この化け物は……魔力ではない……魂の、重圧……!?」

「お前たちの知らない理を、その身で味わえ」

 巨人の拳が守護者を一撃で沈めると同時に、第三の楔である『重力核』が真っ二つに割れた。

 これで、騰蛇を縛る鎖は残り二つ。

 学院の地下深く、これまで沈黙を保っていた騰蛇の「本体」が、ついにその片眼を見開いた。

 学院全体を激しい振動が襲う。もはや、長官や教師たちに事態を収束させる術はない。

「――聞こえるか、騰蛇。もうすぐ、お前を解放してやる」

 俺の言葉に呼応するように、足元から地獄の底を思わせるような熱気が噴き上がった。

 国立魔道学院という名の巨大な監獄が、崩壊へのカウントダウンを始めていた。

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