第8話

試験での「標的消滅」という珍事は、学院上層部の間で波紋を呼んだ。しかし、最終的な判定は「未知の変則魔術、あるいは魔導具の暴発」という扱いに落ち着いた。測定された魔力値「五」という事実は覆しようがなく、俺は晴れて(?)国立魔道学院に、史上最低の魔力保有量を持つ「特例入学者」として籍を置くことになった。

 支給された黒い制服に身を包み、俺は学院の回廊を歩いていた。

 周囲を通る生徒たちの視線は冷ややかだ。エリートの矜持を持つ彼らにとって、魔力値「五」の少年と同じ学び舎にいることは耐え難い屈辱なのだろう。

「おい、見ろよ。あれが例の『欠陥品』だろ?」

「魔力値五なんて、農村の家畜以下じゃないか。どうやって試験をパスしたんだか」

 クスクスという嘲笑が廊下に響く。だが、俺の耳にはそれ以上に不快な音が届いていた。

 ――ズズッ、ズズズッ。

 壁の裏、床の下、そして生徒たちの足元の影。

 この学院の豪華な装飾の裏側には、これまで数千人の魔術師たちが捨ててきた「魔力の残りカス」から生まれた小型の妖魔たちが、シロアリのように巣食っている。

(……この学院自体が、巨大な蠱毒(こどく)の壺のようなものだな)

 俺はため息をつき、目的の場所へと向かった。

 図書館の最深部。そこには、この世界の地脈や建築構造に関する古い資料が眠っているはずだ。授業など受けるつもりはない。俺の目的はあくまで、この学院のどこかに封じられている騰蛇(とうだ)の救出だ。

 図書館へ向かう途中、豪華なローブを纏った一人の少女とすれ違った。

 長く輝く銀髪、そして周囲を圧倒するような強烈な魔力を放つ彼女は、今期の首席入学者、リリアーヌ・フォン・ローゼンベルク公爵令嬢だった。

「待ちなさい、貴方」

 リリアーヌが足を止め、俺を呼び止めた。彼女の瞳は、好奇心と、わずかな警戒心で俺を射抜いている。

「……何かご用ですか、公爵令嬢様」

「貴方が試験で標的を『消した』という生徒ね? 私の目は誤魔化せないわ。あの時、貴方の周りの魔力は動いていなかった。まるで……世界そのものが貴方の意志に従ったかのような不気味な感覚だった」

 俺は内心で舌を巻いた。この世界の魔術師にしては、鋭い感覚の持ち主だ。

 リリアーヌは俺に歩み寄り、至近距離で俺の目を見つめた。

「魔力値『五』なんて嘘よ。貴方は一体、何を隠しているの?」

「買い被りですよ。俺はただ、効率の良い魔力の節約術を知っているだけです。……失礼します」

 俺は会釈して彼女の横を通り過ぎた。リリアーヌの背後には、彼女の魔力に当てられた小さな「影の蛇」が数匹、這いつくばっていた。俺はすれ違いざま、指先で微かに印を組み、音もなくその影を浄化した。

「……えっ?」

 リリアーヌが驚いたように振り返った。彼女は、自分の体が突然軽くなったことに困惑しているようだったが、俺はそのまま図書館へと消えた。

 図書館の奥、埃っぽい地下資料室にたどり着いた俺は、白を影から呼び出した。

「白、状況はどうだ」

「……主様。ここから地下三階、さらにその下の『禁忌区域』から、騰蛇の兄上の波動を感じます。ですが、結界が何重にも張り巡らされており、今の私の力では潜入すら不可能です。それどころか……」

 白が震えながら続けた。

「その結界は、騰蛇の兄上の力を『吸い出し』、学院全体の魔導炉のエネルギー源として利用しているようです。兄上は生きたまま、燃料にされています……!」

 俺の周囲の空気が、一瞬で凍りついた。

 呪力が無意識に漏れ出し、資料室の古い本がバタバタと震える。

(……燃料、だと?)

 十二神将。最強の守護者。

 それを、単なる魔力の発電機として扱うなど、冒涜にも程がある。

 前世で俺が彼らと築いてきた絆を、この世界の無知な魔術師たちが踏みにじっているという事実に、腹の底から黒い感情がせり上がってきた。

「主様、落ち着いてください! 今ここで力を解放すれば、学院が崩壊します!」

 白の必死の声で、俺は我に返った。

 深呼吸をし、呪力を体内に抑え込む。

「……分かっている。今すぐに突入しても、弱りきった騰蛇を連れ出すのは難しいだろう。まずは結界の楔(くさび)を一つずつ外していく必要がある」

 俺は古い地下図面を広げた。

 学院には、魔力を循環させるための『中継地点』が五箇所ある。そこには強力な魔導師が守護に当たっているはずだ。

(表では『劣等生』として嘲笑われながら、夜は『陰陽師』としてこの学院の基盤を解体していくか)

 俺は図面の上に指を置き、冷酷な笑みを浮かべた。

 この学院の生徒たちは、まだ知らない。

 自分たちが崇拝する魔術の殿堂が、一人の陰陽師の手によって、砂の城のように崩れ去る運命にあることを。

「まずは今夜、第一の楔――『時計塔の魔導核』を掃除するとしよう」

 窓の外では、王都の空が夕闇に染まり始めていた。

 それは、陰陽師が最も力を発揮する、逢魔が刻(おうまがとき)の始まりだった。

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