第7話

 三週間の旅路の果て、地平線の向こうに巨大な石造りの城壁が姿を現した。

 王都、グラン・バルス。

 この国の政治、経済、そして魔術の中心地であるその街は、遠目には白く輝く希望の都に見えた。だが、俺の『万物の穢れを視る眼』には、街全体がどす黒い霧――蓄積された膨大な瘴気に覆われているのがはっきりと見えていた。

(……ひどいものだ。これだけの人間が密集し、無秩序に魔力を垂れ流せば、こうもなるか)

 門をくぐるための検問所には、長蛇の列ができていた。周囲には立派な馬車を連ねる貴族から、全財産を背負ったような流れ者まで様々だ。

 列に並んでいる最中、背後から無遠慮な笑い声が聞こえてきた。

「おいおい、見ろよ。あんなガキが一人で王都に来たのか? しかも薄汚れた旅装で。迷子なら村へ帰れよ」

 振り返ると、三人の少年が俺を見下ろしていた。服装からして、どこかの地方貴族の三男坊あたりだろう。彼らの胸元には、魔力保有量を示す「身分証」が誇らしげに輝いている。

 俺は表情を変えず、無言で前を向いた。犬に吠えられても、いちいち返事をする趣味はない。

「無視かよ。生意気な……。おい、お前の魔力適性を見せてみろ」

 少年のリーダー格が、俺の首から下げられた簡易的な登録証を奪い取った。そこに記された数値を見た瞬間、彼らは腹を抱えて笑い出した。

「『五』!? ぎゃははは! 冗談だろ? 猫の魔力かよ! こんなゴミが王都の土を踏もうなんて、おこがましいにも程がある!」

「……主様、指先一つでこやつらの魂を消し飛ばしましょうか?」

 影の中で、白が殺気立っているのが伝わる。俺は意識の中で「落ち着け。今はまだその時じゃない」となだめた。この程度の挑発で力を晒せば、俺が築き上げてきた「凡人」の仮面が台なしになる。

「ようやく俺の番か」

 俺は少年たちを放置し、受付の窓口へ向かった。

 役人は俺の登録証を一瞥すると、隠そうともしない蔑みの色を浮かべて鼻で笑った。

「レオン・アルバーンだな。……適性値『五』。本来なら追い返すところだが、推薦状があるから通してやる。だがな、坊主。国立魔道学院の試験を受けるつもりなら、今のうちに身の程を知っておけ。そこはお前のような『出来損ない』が足を踏み入れていい場所じゃない」

「忠告ありがとうございます。ですが、受けに行きますよ」

 俺は淡々と事務手続きを済ませ、重厚な鉄の門をくぐった。

 一歩、街の中に足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような不快な圧力が全身を襲った。

(……これは、相当だな)

 王都の街並みは豪華絢爛だが、その路地裏や建物の隙間には、実体化する寸前の「怨霊」たちがうごめいている。魔術師たちはそれらを「野良の魔力」と呼んで放置しているようだが、俺には分かる。これらはこの街の繁栄の陰で使い捨てられた、人々の欲望や絶望の成れの果てだ。

 そして何より、街の中心にそびえ立つ学院の方角から、強烈な「拒絶」の波動を感じた。

 白の情報通りだ。あの地下には、俺の知る魂が囚われている。

「――騰蛇(とうだ)。そこにいるんだな」

 俺の呟きは、都会の喧騒にかき消された。

 宿に落ち着いた俺は、翌日の学院試験に備え、体内の呪力を微調整した。

 この世界での「合格」とは、高い魔力を示すことだ。だが、俺は別の方法で合格をもぎ取るつもりだった。

 翌朝、国立魔道学院の巨大な門の前に、数百人の若者が集まっていた。

 試験官として現れたのは、高慢な顔をした老魔導師だった。

「これより、入学試験を開始する。最初の試験は『魔力による的当て』だ。魔力値が低い者は、その時点で失格とする。無駄な時間は使いたくないのでな」

 会場に緊張が走る。順番に子供たちが魔法を放ち、的を壊していく。

 やがて、俺の番が来た。周囲からは「あの数値『五』のガキか」「どうせ何もできずに泣いて帰るさ」という嘲笑が漏れる。

 俺は会場の真ん中に立ち、杖を持たずに右手を前に出した。

 俺が放つのは、火の魔法ではない。

 大気中に漂う「穢れ」を強制的に集束させ、純化させることで生み出す――『破魔の衝撃』だ。

(……見せてやろう。力の『量』ではなく、『質』が支配する領域を)

 俺が指先を弾いた瞬間。

 轟音もなく、ただ透明な波紋が空間を走った。

 次の瞬間、頑丈な魔導合板で作られていた標的が、粉々に砕け散るどころか、塵一つ残さず「消滅」した。

 静寂。

 会場にいた全ての人間が、何が起きたのか理解できずに固まった。

「……な、何だ? 今の魔法は。詠唱も、魔力の波動も感じられなかったぞ……」

 老試験官が、目を見開いて立ち上がった。

 俺は涼しい顔で、一礼して列に戻った。

「失礼。魔力値が低かったので、少し効率的な飛ばし方を研究してきたんです」

 魔力値「五」の少年が、王都最高の学院で最初の嵐を巻き起こした瞬間だった。

 俺の『眼』は、動揺する人々の中に、冷酷な眼差しでこちらを見つめる「何者か」の視線を見逃さなかった。

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