第6話

大蜘蛛を討伐してから数日後、村はまるで長年の呪縛から解き放たれたかのように、活気に満ち溢れていた。朝靄は清々しく、作物の育ちも目に見えて良くなった。すべては、月下の「掃除屋」――レオンの手柄だったが、その事実に気づく者は誰もいない。

 俺は今、母セーラに、王都への旅立ちを告げている最中だった。

「……だから、都に行って、学問で身を立てたいんだ」

 村は平穏を取り戻したが、それは一時しのぎに過ぎない。白の情報によれば、この辺境の地でさえこれほどの妖魔が跋扈(ばっこ)しているのだ。世界の中心である王都は、より深刻な「穢れ」の渦中にあるはずだ。それに、十二神将の一人、騰蛇(とうだ)が囚われているという情報も気がかりだった。

 セーラは、俺の小さな手を取り、その青い瞳を潤ませながらも、真っ直ぐ俺を見つめ返した。

「……あなたは昔から、この村には収まらない目をしてたものね。魔力がないと言われても、私には分かっていたわ。あなたは、特別な子だって」

 魔力値「五」という評価は、この世界では「無力」を意味する。だが、そのおかげで俺は「普通」の少年として育つことができた。この村での穏やかな生活は、前世の血生臭い日々を送ってきた俺にとって、かけがえのない休息だったのだ。

「心配ないよ、母さん。俺はもう子供じゃない」

 俺は精一杯の強がりを見せた。セーラは「ええ、そうね」と微笑み、旅立ちの支度を手伝ってくれた。リュックサックには、彼女が焼いてくれた硬いパンと、手縫いの簡易な魔除け(もちろん、効果はない)が詰め込まれていた。

 旅立ちの朝。村人たちが見送りに集まってくれていた。誰もが俺の「魔力値の低さ」を同情していたが、その視線はどこか温かい。この五年間の、レオン・アルバーンとしての生活は、悪くなかった。

「さて、行くか」

 俺は村を背に、王都へと続く街道を歩き始めた。背中のリュックサックの中、影に潜む白が「御武運を」とばかりに、軽く鳴いた。

(まずは、この世界の通貨と馬車を確保しないとな)

 この世界では、貨幣経済が発達しており、陰陽術だけでは生きていけない。道中、小型の妖魔をいくつか狩り、その魔石を売ることで旅費を稼ぐ必要があった。

 街道に出て数時間。早速、森の中から低い唸り声が聞こえてきた。

 『眼』が捉えたのは、二匹のゴブリン崩れの妖だ。知能は低いが、その身には毒が回っており、並の魔術師では苦戦する相手だろう。

「白、頼む。仕留めろ。ただし、魔石は傷つけるなよ」

「お安い御用!」

 影から飛び出した白が、一瞬で二匹の首筋を噛み砕く。ゴブリンたちは悲鳴すら上げられず、事切れた。俺は手際よく魔石を回収し、血痕を呪力で消し去る。

(この調子なら、王都までは三週間といったところか)

 道中、俺は白からの情報を整理しつつ、今後の計画を練り上げた。

 王都の魔道学院は、貴族の子弟や才能ある平民が集まるエリート校だ。そこに入る目的は二つ。一つは、この世界の魔術理論を体系的に学び、陰陽術との融合を図ること。もう一つは、学院の地下に囚われているという騰蛇の居場所を特定することだ。

 俺の魔力値「五」は、学院入学の最低ラインを辛うじてクリアしている。落ちこぼれとして扱われるだろうが、それが逆に好都合だ。目立たない「凡人」として振る舞いながら、裏で情報を集め、力を蓄える。

(俺が王都で何を成そうと、誰もこの「魔力ゼロ寸前」の少年が黒幕だとは思わないだろう)

 街道を進むにつれ、大気中の穢れの濃度は濃くなっていった。行き交う旅人や商人の顔色は悪く、皆どこか張り詰めた空気を纏っている。これが、神が言っていた「混沌の地」の日常なのだろう。

「ふん……やはり、掃除のしがいがありそうだ」

 俺は決意を新たに、足を進めた。

 前世で極めた陰陽術と、この世界の魔術。二つの異なる理(ことわり)が交差するとき、果たしてどちらが正しい解を示すのか。

 最強の陰陽師、レオン・アルバーンの二度目の無双劇は、静かに、だが確実に、王都を目指して動き始めていた。

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