第4話

十歳。それはこの世界の子供たちにとって、残酷なほどに明確な「選別」の年だ。

 この世界では十歳になると、国から派遣された魔導役人の手によって『魔力適性検査』が行われる。体内にどれだけの魔力を宿し、どのような属性の適性があるか。その結果一つで、平民として土にまみれて生きるか、魔導師として王都の学園へ招かれるか、人生のレールが敷かれるのだ。

「レオン、そんなに緊張しなくていいのよ。どんな結果になっても、あなたは私たちの自慢の息子なんだから」

 村の広場へ向かう道すがら、母セーラが俺の手を握りしめ、言い聞かせるように呟いた。緊張しているのは母の方だ。彼女の手は微かに震え、その瞳には不安と期待が入り混じっている。

 俺は「分かってるよ、母さん」と、いつもの子供らしい笑みを返した。

 広場には、近隣の村からも子供たちが集まっていた。中央には、大仰な装飾が施された石造りの台座があり、その上に透明な水晶――『魔力測定球』が鎮座している。

 台座の傍らに立つのは、王都から派遣されたという中年の魔導役人だ。彼は退屈そうに欠伸をしながら、並んだ子供たちを家畜でも見るような目で見下ろしていた。

「……次、レオン・アルバーン。前へ」

 ついに俺の名が呼ばれた。

 周囲の視線が集まる。この五年間、俺は「神童」として目立ってしまっていた。村人たちの間では「レオンなら、とんでもない魔力値を叩き出すに違いない」という根拠のない噂が広まっていたのだ。

(さて……どう演じるか)

 俺は台座に向かいながら、体内の呪力を極限まで抑え込んだ。

 俺の体には、魔力と呼ばれる「不純物」はほとんど残っていない。すべてを陰陽師の術理で「呪力」へと精製しきっているからだ。だが、この測定球は「体内のエネルギー量」を単純に測るだけの道具ではない。魔力回路の広さと、そこを流れる力の「質」に反応する。

 もし俺が全力を解放すれば、この水晶は内部から爆発するか、あるいは王都まで届くほどの光を放つだろう。それは避けたかった。目立ちすぎれば自由を失い、影での行動が制限される。かといって「ゼロ」では、この先の学問への道が閉ざされてしまう。

(「ゼロ」は怪しまれる。「少しだけある」程度に見せるのが、最も効率的な隠れ蓑だ)

 俺は水晶にそっと手を触れた。

 冷たい感触。その奥に、俺の魂の深淵を覗き込もうとする測定器の「意志」を感じる。

 俺は意識を集中させ、指先からほんの、砂粒ほどの呪力を、あえて「未精製の魔力」に擬態させて流し込んだ。

 ピカ……。

 水晶の底で、弱々しい、今にも消えそうな青い光が灯った。

「…………」

 役人が、手元の書類から顔を上げた。彼は水晶を二、三度叩き、故障を疑うように首を傾げた。

 広場を包んでいた期待感は、急速に冷え込み、気まずい沈黙へと変わっていく。

「レオン・アルバーン。……魔力値、五。属性は水……いや、無属性に近いか。適性は『最低限』だ。……生活魔法が関の山だな」

 役人の冷淡な宣告が響き渡った。

 村人たちの間から、落胆の溜息が漏れる。「神童と言っても、頭が良いだけだったのか」「魔力がなければ、ただの平民だ」という陰口が、風に乗って俺の耳に届く。

「……レオン」

 駆け寄ってきたセーラの顔は、ひどく複雑そうだった。俺を慰めるべきか、共に落ち込むべきか迷っているようだ。俺は彼女に「ごめんね、母さん。期待に応えられなくて」と、力なく俯いて見せた。

 だが、俺の意識はすでに別の場所にあった。

 『眼』が捉えていたのだ。

 測定球に俺が触れた瞬間、そこから漏れ出た極微量の呪力に当てられ、広場の端にいた「あるモノ」が過剰に反応したのを。

(……来たか)

 広場の隅。測定を終えてはしゃぐ子供たちの影が、異様に伸びている。

 太陽はまだ高い位置にあるというのに、その影は意志を持っているかのように蠢き、隣り合う影を飲み込んで肥大化していた。

「あ、あれ……? 私の影が……」

 一人の少女が、自分の足元を見て悲鳴を上げた。

 彼女の影から、どろりとした黒い液体のようなものが噴き出し、それが実体を持って立ち上がった。

 それは、人間の上半身を無理やり引き延ばしたような形をした、眼のない妖――『影喰い(かげくい)』だった。それも一体ではない。測定球が放った魔力に引き寄せられたのか、十数体もの影の怪異が、一斉に広場に溢れ出したのだ。

「ヒッ、妖魔だ! 妖魔が出たぞ!」

 役人が椅子を転倒させて逃げ出し、護衛の魔術師たちが慌てて杖を構える。

「火よ、我が命に従い敵を焼け! ファイア・ボール!」

 魔術師が放った炎の塊が影を直撃する。だが、影は煙のように霧散したかと思うと、即座に背後で再構築され、魔術師の脚に食らいついた。

「バカな!? 魔法が効かないのか!」

(当たり前だ。あいつらは実体を持たない『負の残留思念』だ。物理的な熱量だけで消せるはずがない)

 阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる中、俺はセーラを物陰に押し込み、静かにその場から離れた。

 誰の目にも留まらない、広場の死角。

 俺は懐に隠していた白(ハク)に合図を送った。

「主様、いかがいたしますか? 全て消し去るなど造作もございませんが」

「いや、俺がやる。お前は、周囲に気付かれないよう『認識阻害』の結界を張れ」

 俺は右手の袖の中から、自作の紙札を一枚取り出した。村の貴重な紙を使い、鶏の血で丁寧に呪文を書き込んだ特製の『破魔符』だ。

「魔力は『五』だが、呪力は無限だ。……思い知らせてやる」

 俺は指先で札を挟み、印を組んだ。

 世界から音が消える。俺の意志が、大気を流れる力を支配下に置く。

「謹(つつし)んで降(くだ)し奉(まつ)る。……急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!」

 放たれた紙札が、広場の中央で眩い銀色の閃光を放った。

 それは魔術師たちの派手な炎とは違う、静謐で、絶対的な「拒絶」の光。

 光に触れた影の怪異たちは、断末魔すら上げられず、雪が湯に溶けるように、その存在をこの世から抹消されていった。

 数秒後。

 光が収まった広場には、倒れた魔術師と、腰を抜かした村人たちだけが残されていた。影の化け物たちは、最初から存在しなかったかのように、その痕跡すら残っていない。

「……た、助かったのか?」

「今の光は……教会の奇跡か?」

 混乱する人々。役人は震える手で眼鏡を拭い、「奇跡だ、聖徒の加護だ」と勝手に納得している。

 俺はその騒ぎを背中で聞きながら、何食わぬ顔でセーラの元へ戻った。

「レオン! どこに行っていたの! 怪我はない!?」

「うん、大丈夫。影が怖くて、あっちの影に隠れてたんだ」

 俺は怯えた子供のフリをして、母の胸に飛び込んだ。

 魔力値「五」。

 この弱々しい数値のおかげで、これだけの惨劇の中でも、俺を疑う者は誰一人としていなかった。

(……やはり、この隠れ蓑は正解だったな)

 俺は母の肩越しに、遠くの森を見つめた。

 そこでは、白が「次の獲物」の気配を察知して、低く唸っていた。

 魔力がないと蔑まれる生活は、案外、俺にとっては自由で快適なものになりそうだった。

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