インタビュー:熊に寄生するブラック・ジャージ博士

私がブラック・ジャージ博士にインタビューするのはこれで四回目となる。

前回のインタビューも実に下らない内容だったし、もう二度と会うことはないと思っていたのだが、腹が立つことに、この男は的確に世間のニーズを掴んで解決策を提示してくる。

今回の話もまた、全国的に生息数が増加しトラブルとなっている熊についての研究であったために、またも私に案件が回ってきてしまった。


お久しぶりです、ブラック・ジャージ博士。

自慰行為ワークアウト以来ですね。


「ああ、あの時の記者かね。いやあ、懐かしい」


今回も博士の斬新なアイデアについてお話を伺いたいと思っているのですが、あの…大丈夫ですか?


「彼はとても安全だよ。私の不利益になることはしない」


今回のアイデアは、全国の自治体が対応に苦慮している熊の問題を抜本的に解決する、画期的なアイデアであるとお伺いしました。


「そう。まずは、日本で熊の駆除が進まない原因から話をしようと思う。世界的には熊の駆除はさほど珍しいものではない。アメリカでは住民が普通にライフルで撃退するから熊は人里に下りてこないし、他の国でも自然公園の管理者が必要に応じて銃で駆除を行う。だが、日本では国や自治体として、正面から熊の脅威に立ち向かう組織を用意してこなかった。猟師に任せていたんだね」


そうですね。そのために、自然保護活動家からは大きな反発の声が上がっています。


「猟師はそれだけで生計を立てられないし、一時期は熊も減少傾向にあったので、技術を持っている人も高齢化が進んでいる。にもかかわらず自治体は駆除を彼らに依頼するしかなく、そのために猟師はさまざまな批判に晒されてしまったわけだ。住宅の近くでぶっ放すなだの、無垢な命を強制的に奪うな、とかね。本来ならその批判は自治体に向かうべきだし、国が責任を負うべきだ。ようやく自衛隊を動かしたり、警官にライフルの訓練をさせたりしているが、自然保護活動家の批判はまあ、止まないだろうね」


非常にセンシティブな問題だと思います。住民の命を軽視するわけにいきませんし、批判する側には危機意識が足りない、などとも言われますね。


「だが、彼らの言うことも一理ある。人類は自然と共生していかなければいけない。熊だって、好きで住民と衝突しているわけでもないし、何が人間の迷惑になるかがわかれば、やたらに襲ったりはしないはずだ。

そこで、私は考えた。共生の根本から」


根本から。


「生物界でいうところの共生とは、互いの利害の一致をみることだ。熊は人間が利益をもたらす存在ならやたらに襲わないし、人間もそうであるべきだ。だが、単純に言って熊はとても強く、人間が一対一でどうこうできるものでもない。武器で制圧することの是非も、先ほど述べたとおりだ。そこで、もっとシンプルに考えてみたんだ」


なるほど、それがそのスタイルということですか。


「そうだ、寄生だよ。人間は熊の背中に寄生して、彼らの強い生命力の恩恵を得るんだ」


ここで、ブラック・ジャージ博士がいまどんないで立ちをしているかを説明しよう。

ヒグマの背中に強力なアタッチメントを装着し、コバンザメのように張り付いている。熊の耳元には何やらスピーカーがついている。また、首筋に何か刺しているようだ。

熊はとてもおとなしく座っている。正面に座っている私としては気が気ではないのだが、勝手に歩き回ることはないようだ。


「どうだい、おとなしいだろう。人間を尊重することで恩恵を受けることができる、というのを彼自身が経験で納得したからこそ、このスタイルが成り立っている」


一体、どのようなことをしたのですか。


「一緒に果樹園を襲ったり、追っ手から逃れるための知恵を授けたりしたんだ」


ダメじゃねえか。何してんだよ。


「熊との意思疎通は、このスピーカーを通じてAIで行っている。彼らは人間のような言語を持ってはいないが、個体ごとに個別学習させることで、互いに何を言いたいかくらいは互いにわかるようになっている」


おお、それは素晴らしい。


「もっとも、学習が済むまでの数日間は地獄だったがね。振り落とそうとしたり、木にこすりつけられたり。死ぬかと思ったよ。研究員が」


研究員にやらせたんですね。


「そのうち熊のほうにも、知識のある人間と共存するメリットがわかってきたようで、研究員に餌を分けてくれるようになった。おかげで、彼も熊の生き血をすすらなくても生きていけるようになったよ」


ストレートに寄生じゃねえか。


「そして彼らには友情が育まれた。人間は熊の背中に張り付いているだけで十分に生きていける。熊は人間を背負っていれば、人間社会とコミュニケーションが取れる。熊と人間の生活圏の線引きも次第に定まっていき、最終的には本人たちだけではなく互いの社会間で、平和な共存状態が生まれたんだ。これは素晴らしい成果だよ」


そうなのかなあ。研究員はどうしたんだろう。


「まあ、いろいろあって、いまは研究員の代わりに私が熊に寄生している。暖かいし、快適だよ」


研究員はどうしたんだろう。


「このヒグマはこのあたりの熊たちのボスでね。他の熊も彼には逆らえない。たまに喧嘩をすることもあるけど、それはもう大迫力でね。耳元を熊の爪が掠めた時には、ぞっとしたねえ」


博士、大丈夫ですか。なんだか興奮されているようですが。


「そこで、私も知恵を貸してね。熊たちを組織化して、強力な防衛能力を手に入れた。縄張りもどんどん広げ、今やこのあたりでは私たちに武力で対抗できるものはいない。軍隊でもね」


あれ、ちょっとまずくないかこの人。


「何しろ、時速80キロで走って軽トラをスクラップにできる機動力だよ。人間なんてたったのひとなぎで首を吹っ飛ばせる。ライフルだって、私の知恵を授ければさほどの脅威ではない。しかも、複数で組織的に戦うことができるんだ。北海道の制圧はもう目の前だよ」


あの、私そろそろ次の約束がありますので、今日はこの辺で失礼させていただきたいと思います。雪降ってないといいなあ。


後日談:

この数日後、生存していた研究員が育て上げたもう一つのヒグマ武力集団との全面抗争が始まった。何十頭ものヒグマがこの抗争で命を落とし、最終的に博士の熊と研究員の熊の一騎打ちとなった。

だが博士の熊は研究員の姿を見た瞬間、背中の博士を壁にこすりつけてこそぎ落とし、研究員とその熊との和解に応じて、北海道の雪山へと姿を消したという。

研究員も熊の背中を離れ、熊たちは自分の生活に戻っていったが、それからしばらくの間、北海道の熊たちが人間を襲うことはなかった。

ブラック・ジャージ博士の消息は不明である。








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インタビュー こやま智 @KoyamaSatoshi

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