悲恋の種第2話
あたしたちは南バル駅の木造の駅舎を抜ける。気持ちのいい風が吹いていて、心が洗われるよう。海の香りもするし、改めてバルに来たんだとあたしはうれしくなる。
あたしは大きいのにクジラみたいにかわいらしい駅舎をもう一度見た。
かわいい駅舎が入口から多くの人を飲み込み、吐き出しているみたいに見えて、あたしはもう少しで笑いそうになった。
あたしが駅舎を楽しそうに見ていたからかしら、ジョランが、
「駅舎には風雨や潮風に耐えられるよう魔法が施されているのは知ってるね。魔法列車もそうだけど、魔法を乱用するのはいいことじゃないんだけどな」
と苦いものでも食べたみたいにいった。
ジョランは魔法を使うのには抵抗があるのよね。通称列車こと、魔法列車も仕方なく乗っているようだし。
魔法列車は思いの石を大きくした願いの石に蓄えられた、人間の魔力を動力としている。
魔力をほとんど失った願いの石は各駅の構内に置かれ、駅員や乗客、見送りの人が願いの石に魔力を少しだけ提供している。魔力のたまった願いの石は列車の先頭車両に戻されるのよね。
ジョランからすれば、願いの石にいつ魔力のすべてを吸い取られかねないと眉をひそめたくなるんでしょう。
あたしは呆れたようにため息をついた。
「ジョランが出会ってすぐに教えてくれたんだから説明しなくても覚えているわ」
とあたしはわざと機嫌悪く返す。
「ああ、わかっているよ」
とジョランが肩をすくめて歩き出した。
「行こう」
と呼びかけられて、あたしはうなずいて歩き出す。
ひとりと一体で、四角くて白い家々が並ぶ通りを歩いていく。あたしたちが歩くたび、石畳が鳴る。
あたしは歩きながら魔法と法律について考えた。
魔法は人の魔力を使って、この世界のすべてに干渉する。干渉するものによっては呪文を唱えることで、さらに干渉力を強められる。
特に天候を操るものや炎を作り出すもの、氷を出すものは使い手の命にかかわるから使用を法律で禁じられているし、使用して生き残ったとしても死刑になるのよね。
料理や暖をとるための火や食べるための氷なんかは作ってもいいんだけど。
それから人や人形の精神を操作するものも、使うことは人の道にもとるから刑期の軽重はあるけれど法律で禁じられている。
でもこれらはあくまで魔法士たちが世間の人を納得させるための言い訳にすぎないとジョランがいう。
ジョランによれば、魔法で大気を操ったりすれば、魔法を使った土地で飢饉や水害などが起こりやすくなる。もしくは虫が大量に発生して作物を荒らしたり、大規模な火災につながったりする。
呪文は神官が使う祝詞とは違って、人間が神々の意志を介さずに使うものだから、魔法の使用者の傲慢に神々が怒っているとジョランが嘆いていたわね。
考古学者を含めた科学者が何故魔法士を嫌うかといえば、自らを神と錯覚しているのではないかと思うほどの傲慢さが理由になる。
科学者は元々魔法士で、二百年ほど前から主流の魔法士の命を何とも思わない傲慢さに腹を立てて雛鳥が親離れするように別の道を歩き始めた。そこに過激に神を
科学者は魔法をなるべく使わないで日常を過ごそうとする。魔法士と敵対することもあるのよね。
特に考古学者は魔法士が作り上げた歴史上のうそを暴くこともあるから、仲が悪くて当然だわ。
科学者のなかには移動はすべて徒歩という人もいるとジョランが少し誇らしそうにいっていたっけ。
それなのに、とあたしは考えなければならないことに向き合う。
魔法をあまり使いたがらないのに、魔法士グラシュに造られたあたしを、どうしてジョランが助手になんてし続けているのかしら。
ジョランの友人で、大学に寄付もしてくれている資産家のモルダルさんがあたしを造らせたことは知っている。ジョランの助手用にって。
ジョランが友達だと、モルダルさんをとても大切にしていることもあたしは知っている。ジョランの両親はすでに亡くなり、きょうだいもいないから。
でも、あたしとジョランとモルダルさんだけで世界が回っているわけじゃない。
あたしはまだ一度も顔を出したことがないけれど、考古学者が多く所属する考古学会であたしたちはどう思われているのかしら。
魔法を避けようとする人たちのなかで、あたしを連れているジョランは受け入れられているの?
ああ、まただわ。あたしは首を振って、せりあがってくる感情をやりすごしたくなる。
また同じことを考えて、ジョランには聞けずじまい。どうしてあたしを助手にし続けるの、という一言があたしの口からは出ることがない。
あたしは情けなさからうつむいて、石畳を見た。
あたしは怖い。
考古学会でのジョランの地位を聞いたらジョランのもとを離れなければいけない気がしている。ただでさえ告白大会に巻き込まれて迷惑をかけているのに、考古学会で不利に働くなんてことになったら。
あたしは目をつぶる。
あたしのまぶたには、夢に燃えるジョランの瞳が映った。
ジョランの瞳を見つめていられなくなるのはいや。
あたしは、ずるい。献身的になりきれない自分がいやになる。
「どうしたんだい、エリニア」
とジョランがあたしの名前を優しく呼ぶ。
あたしはまぶたを開けて、ジョランに向かって苦笑する。
「ちょっと考え事。タイラウのことで」
あたしはジョランが生涯をかけて追っている王の名前をいった。
タイラウはバルを中心とした地域でノーウィン王朝を興した人物。ノーウィン王朝はいまから千五百年前に興り、百年間存在していたのよね。
タイラウ自身は三十年間王位にあった。剣闘士から王に成り上がったことが知られていて、おとぎ話や民話、最近では小説の題材になっている。
「考えていてくれたんだね、うれしいなぁ」
とジョランが子供みたいに笑う。
「エリニアが考えるのも当然だよ、タイラウは本当にすごい人なんだ!」
と拳を握ってジョラン。タイラウの話をするとき、ジョランがよくする姿だわ。
ジョランが子供のころにタイラウについて書かれた童話や詩を読んで感銘を受けたって、よく話してくれる。
タイラウは体の大きな人ではなくて、タカのように賢い人だった。
強敵を前にしても心をしぼませることのない勇気も持っていた。
戦いの日々で、当時の政治に疑問を持つ分析力と、フクロウのような広い視野を持ち合わせてもいた。
ジョランにとって、英雄のような存在になっているみたい。
ジョランがタイラウの墓すらわかっていないと知って、自分が探したいと思ったと、あたしに何度も熱弁したわ。
ジョランがタイラウの墓を見つけるだけでなく、タイラウの体を調べたいと思っている。体を調べることでどんな姿だったか、書物ではわかりにくい部分も調査できるから。
「がんばらないとね、タイラウのお墓は、バルの市街地のどこかに埋まっているんだから」
とあたしが確認するようにいうと、ジョランが大きくうなずいた。
ノーウィン王朝が滅びた後、拠点となった城も、王族の墓も破壊されたと思われているけれど、ジョランはあきらめず口伝に着目した。
ジョランが年に一ヵ月、バルから北西にある学術都市マッタイトのマッタイト大学に帰るほかは、すべてバルにいて口伝を聞き、文章にしている。
あたしも口伝を覚えて、ジョランが間違ってしまうときは間違いを指摘する。
間違いを指摘しながら二年。あたしたちはタイラウの影を追い続けている。
「ああ、早く墓を見つけたいよ」
とジョランがいまにも踊り出しそうな声でいった。
「急いでロマナさんのところに行きましょう」
とあたしは冷静な声で応じた。
「そうだね。きっとお菓子も出して待ってくれているはずだ」
と外出を心待ちにする子供みたいな声でジョランがいう。
あたしはロマナさんの人懐っこい笑顔と声を思い出す。
ロマナさんはタイラウの口伝を現代に伝えている人で、地元では名士として扱われているおばあさん。
「ロマナさんは料理上手だから、楽しみだよ。きょうは焼き菓子が出るかな?」
とジョランが歯を見せて笑った。
笑うジョランの目は夢に燃えている。あたしはその瞳をずっと見ていたかったけど、
「ほら、早く」
といいながらジョランを追い越す。
「おや、ずるいぞ」
と、ジョランが小走りになる。
「追い越すよ」
得意そうにジョラン。軽々とあたしを追い越していく。
まったく、子供なんだから。
あたしは呆れ半分、うれしさ半分でジョランを追った。
心のなかに苦いものを詰め込みながら。
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