悲恋の種第3話
ロマナさんの家の扉を開けると、あたしの目にはいすに腰かけるロマナさんと、ロマナさんの近くに立つ、見慣れない二人が見えた。
「こんにちは、ロマナさん。こちらの方たちは?」
とジョランが扉を閉めながら不思議そうにたずねる。三人とも藍色の衣を身にまとっていた。ロマナさんの平屋の小さな家に、大人五人が詰まっている感じがして、あたしは少しだけ困った。
「いらっしゃい、ジョラン、エリニア。こちら、弟子のヴィルハルトとルディアだよ」
ロマナさんが人好きのする笑顔でいった。ロマナさんが笑顔になると、しわが深く刻まれて味がある顔になる。
白髪もとても似合っていて、年をとれないあたしからすればロマナさんがうらやましいぐらい。あたしはジョランと一緒に年をとることはできないもの。
いけない、うらやましがってなんていられない。
すてきなロマナさんが弟子をとっただなんて。
あたしは悲しくなった。
「ロマナさん、弟子をとるということは、どこかお加減が優れないんですか?」
とあたしが心配していうと、ロマナさんが豪快に笑った。
「どこも悪くはないんだけど、頭がしっかりしてるうちに弟子をと思ってね」
「至らない弟子ですが。ジョランさん、エリニアさん。はじめまして、よろしくお願いします」
とヴィルハルトと呼ばれた、金色の髪と青い目の青年がいった。初めて見る容姿で、少しだけ生やしたあごひげも金色だった。
「普段のおしゃべりとは違いますからねぇ、口伝は。私も舌をつりそうになりながら覚えている次第でして。やりがいがとてもある仕事ではありますね。おや、あいさつが遅れてしまいましたね。はじめましてルディアと申します、口ばかり達者なもので困られたりもしますが、厚意があってのこと。なにとぞよろしくお願いいたしますよ、ジョランさん、エリニアさん」
とルディアと呼ばれた女性が歯を見せて笑っている。茶色の髪と茶色の目をしていて、特に茶色の目がいたずらっ子みたいに輝いていた。陽気に長いことを話し切ったなぁ、とあたしは感心したくなった。
「ルディア……さん、どこかでお会いしたことがありませんか?」
とジョランが疑問をそのまま口にした。あたしは慌てて、
「ちょっとジョラン、失礼よ」
といった。
「よくある名前ですので気になさらないほうが健康のためになります。何事も気持ちから始まるものですよ」
とさわやかな笑顔でルディアさん。
ロマナさんが声を上げて笑った。
「やかましいだろう? やかましいのと、あまりしゃべらないのとで退屈しないんだ」
とロマナさんがうれしそうにいった。
「素晴らしいことですよ、ロマナさん!」
と子供みたいにジョランがはしゃいだ。
「先代から物語を受け継ぐ、これぞ口伝のいいところだ! 先ほどは失礼しました。お二人とも、お互いがんばりましょうね!」
とジョランがいうと、
「元気がいいねぇ」
とロマナさんが楽しそうにいった。
「すみません、ロマナさん」
あたしが謝ると、
「気にしなくていいよ。人間元気がないよりあったほうが幸せさ」
とロマナさんが片目を器用につぶった。
「話し始めるとするかい?」
ロマナさんが右肩を軽く回しながらいった。
「はい、お願いします」
とジョランがえさを待つ雛鳥みたいな顔でいう。
「まずはお座り」
ロマナさんが笑いを噛み殺すみたいにいった。
あたしはジョランの姿がまぶしくて目を細めた。ジョランの目が夢に燃えているから。
あたしとジョランは近くにあったいすに座る。
あたしたちをまねするみたいに、ルディアさんがロマナさんの右にあるいすに、ヴィルハルトさんがロマナさんの左にあるいすに座った。
弟子というよりは女王にかしずく騎士みたい、とあたしは思ってしまった。
「さあ、話そうか」
とロマナさんが息を吐く。
ロマナさんが語ったのは、悲恋の話だった。
タイラウの息子ルイオスと、その恋人のレビの。
王太子と侍女という身分違いの二人は、ロウザという名の森で
やがてそのことがタイラウの怒りにふれて、二人は別れることになる。
ロウザで二人は涙ながら別れた。
二人の涙が芽吹いたばかりの新芽に落ちて、王朝の終わりまで育ち続けた木になった、という結末だった。
「これは二人の愛が木となって長く続いたという明るさばかりが評価されているけれど、戒めでもあるね」
と一時間ほどある話を語り終えてロマナさんがいった。
「戒めですか?」
あたしの問いに、ロマナさんがうなずく。
「恋にのぼせれば、足元をすくわれるよ、という古代からのお説教さ」
怖い話だね、とロマナさんがジョランを見ていった。
「口伝の作られた時期が禁欲的な時代だったのかもしれませんね」
ジョランが真面目な顔をしていう。
「ロマナさん、きょうはタイラウの
あたしの問いに、ロマナさんがまたうなずいた。
「人生、むだだと思うところから道が開けたりするものだからね」
ロマナさんが立ち上がって、
「のどが渇いた」
といすから立ち上がって歩き出すと、狭いけれどよく整えてある台所に立つ。
「お菓子もつけよう」
いまにも歌い出しそうなロマナさんにくらべると、ジョランが複雑そうな表情を浮かべていた。
「ジョラン、お菓子が出るって。楽しみにしていたでしょう?」
とあたしがいうと、
「うん……」
と何かを考えているような声をジョランが出す。
「いやあ、手厳しいお話でしたね。たいがいの人間が輝かんばかりの美しい恋愛をしたがるものですから」
元気にいすから立ち上がって歩きながらルディアさん。ロマナさんを手伝いに台所に向かう。
「さてな」
とヴィルハルトさんも手伝うみたいで、いすから立ち上がると、ロマナさんのところに行く。
輝かんばかりの恋、か。そんなの美しいのかしら。
あたしはこれまでの人があたしに向けてきた恋を思い出していやな気分になってきた。
血走った目に荒い息、汗ばんだ手の感触をあたしは思い出す。
人は恋をすると皆があんな感じになるのだとしたら、恋なんて口伝で語られているとおりのものでいいじゃない。
いいえ、戒めすら必要じゃない。
恋はもういいよ。
あたしが改めて自分の気持ちを確認していると、
「きょうは焼き菓子だよ」
というロマナさんの声とともに、ルディアさんが焼き菓子の入ったお皿を食卓に置いた。
「お茶もどうぞ」
ヴィルハルトさんが人数分の茶碗を食卓に置いた。
「ありがとうございます」
とジョランが礼をいうと、
「暑いときに熱いものを飲みますが、体にはいいはずですよ」
とルディアさん。弟子がいっていいことなのかどうかあたしが戸惑っていると、
「口が悪いね。まあ、おべっかを使われるよりはいいよ」
とロマナさんが笑顔でいった。
「食べよう」
ロマナさんが楽しそうにいうと、皆も楽しそうに焼き菓子や茶碗に手を伸ばす。
ただひとり、ジョランだけが思案顔をしていた。
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