休日④

「秋敏! 元気にしていたか!」

「見ての通り元気過ぎて帰って来てしまった。夏雄は……聞くまでもないな」


男同士二人は久しぶりに再会に嬉しそうに肩を抱き合っている。主に喜んでいるのは夏雄に見えるが、秋敏もいつもよりもはしゃいでいるのは間違いないだろう。


 なぜなら、今日の朝起きた時に鼻歌を歌っていたからだ。彼が鼻歌を歌う時はテンションが高い時の癖だ。


「春子ちゃんと一緒に出掛けるだなんていつぶりかしら」

「先月一緒に買い物に行ったと思うのだけれど」

「あれ、そうだったかしら?」

「もう」


 冬美と春子もやはり嬉しそうに話しをしている。大人組はそんな感じなのに対して、子どもたちはというと……。


「遅い」


 雪音が靴底でタンタンとリズム良く鳴らしていた。まあ当然上機嫌で鳴らしているわけではない。そんな彼女の機嫌を取るために私は足元で近づくと、その軽快にリズムを刻んでいる足とは逆の足をガシッと前足で掴む。


「グレ、ちょ、判ったから」


 私の意図を察したのか、リズムを刻むのを止めると私を抱え上げる。


「はあ、あのバカは何をやっているのやら」


 そう彼女がどうして不機嫌だったのかは、ここに居ない最後の一人が寝坊をしているからに他ならない。


 そうこうしていると、当人が玄関のドアを開けて姿を現した。姿を見せた当人はどこかばつが悪そうにしている。


「遅いんですけど」

「くっ……すみませんでした」


 雪音の言葉に、素直に謝罪の言葉を口にする。まあ、ここでごねるようならさらなる雷が降り注ぐのは間違いないから、その選択は正しい。


「だから早く寝なさいって言ったのに」

「だって、ちょうどいい所だったから」

「結果的にこうして寝坊して」

「悪かったよ」


 うーん、相当に雪音の機嫌は直りそうにないな、これは。


「まあまあ、寝坊したとは言ってもそんなに遅れいているわけじゃないんだから、そうカリカリするな、雪音」

「でも、お父さん」

「そんなに怒ってばかりだと陽太郎君に愛想を尽かされてしまうぞ」


 ハッハッハッと笑っている夏雄に対して、やっちゃたとばかりに冬美が頭を抱える。


「お父さん」


 すべてが凍り付くようなそんな冷めた声だった。呼ばれた夏雄はビクリと体を震わせると、そのまま硬直する。直視出来ない。私ですら、見る事は出来ない。ああ、この毛が逆立つ感覚いつぶりだろうか。二度と味わいたくないこの感じ。


 恐怖。


 その一言だ。夏雄め、余計な事を言って踏まなくてもいい虎の尻尾を踏んだな。ちなに私の尻尾を踏まれるとただただ痛いので、踏まないでくれ。


「夏雄、何を言っている。むしろ、愛想を尽かされるのは陽太郎の方だろう」


 そして、この空気を無視して秋敏が発言する。流石、秋敏平常運転だ! 見ろ、雪音が怯んだぞ。チャンスは今だ!


「ほら、雪音。これから楽しい時間が始まるのだから止めときない」

「でも、お母さん」

「大丈夫。お父さんには相応の罰を下すから」

「えっ⁉」


 そこは甘んじて受け入れろ、夏雄。


 そして、私たちは久しぶりに両家が揃い、あの懐かしいキャンプ場へと向かうのであった。


 私はカゴの中から見える景色に心躍っていた。動物が入る用のカゴなので中から見える景色は限られたものだが、私としては充分である。先ほどから見知らなぬ人とすれ違う。


「というか、なんでグレはそんなに前のめりなんだ?」


 カゴを持っている陽太郎が持ち方を変える。どうやらあまりにも興味津々過ぎて前に移動してしまっていたらしい、私としたことが。


「グレって結構子どもっぽいところあるよね」


 隣を歩いていた雪音がカゴを覗く。ちょっと待て。誰が子どもだ、誰が!


 抗議の為にカゴをガシガシと揺らす。


「お、おい。グレ、暴れるな」

「そんなにはしゃいで可愛いんだから」


 だ、か、ら、違うと言っているだろう! そうこうしていると、目的地に到着した。


「なんだか、昔よりも立派になってる?」


 私たちの目の前には二階建ての建物があり、雪音はそれを見ながら疑問を口にする。キャンプ場とは言ったが、ここの施設は自分たちでキャンプ道具一式を持ち込んで平地にテントを立てて出来る場所とコテージがある場所を借りる事が出来る場所の二種類がある施設だ。昔からコテージの方を借りてここでキャンプをしていた。 


 まあ、最初はキャンプ道具一式を持ち込んで平地の方を借りていたのだが、あの事件が起きたせいでこっちのコテージを借りる事になったのだが、しかしあれはなんとも大変だった……。


 しかし、雪音の言う通りコテージが私の記憶しているものよりも立派に、いや、新築になっている?



「どうやら、去年にリフォームしたみたいだな」

「なるほど」


 陽太郎はスマホの画面を操作しながら答える。恐らく、このキャンプ場のホームぺージを調べたのだろう。


「とりあえず、中に入ろうよ」

「そうだな」


 二人がコテージの玄関のドアノブに手を掛け引いてドアを開ける。流石リフォームされただけあって中は昔の記憶と大きく変わっていた。あの質素な感じも良かったのだが、こっちもこっちで心躍るものだ。


 リビングに入るとテーブルに四人掛けのソファーがあり、キッチンはカウンター式になっていてカウンターテーブルには丸椅子が四つ並んでいる。


「前は部屋が区切られていたけど今は一つの部屋になっているんだね」

「だな。子どもの頃も広いって思ったけど、より広く感じる」


 陽太郎がそう言いながら、カゴを下ろし、カゴのドアを外してくれる。待ってました!


 私も二人と同じ感覚を味わうべくカゴを飛び出し部屋を見渡す。綺麗になっているのもそうだが、確かに言う通り部屋を一室にしたおかげでとても広い。そして、ソファーに飛び込むとその柔らかさに言葉を失う。なんだ、これは⁉ 私は羽の上に座っているのか⁉

 

 などと一人で感心していると、笑い声が聞こえてくる。


「もうグレってば余程楽しみにしてたんだね」

「なんだか久しぶりにグレのそんな姿を見た気がする」


 二人は揃って笑みを浮かべている。し、しまって、あまりの事に我を忘れてしまった。きっと二人には判らないだろうが、今の私の顔は間違いなくリンゴのように赤くなっていたに違いない。


 

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