休日③
結局あの後なんだかんだと雪音は陽太郎の部屋で部活動での練習や、また近い内にライブハウスで演奏させて貰えるかもしれないなど、近況報告をしてくれた。
陽太郎も陽太郎でゲームの大会に誘われているから、もしかしたら出るかもしれないと雪音に報告した。以前までの彼ならば黙っていたかもしれないのだが、陽太郎も雪音に対しては素直になってきているという事か。うむ、良きかな良きかな。
そうこうしていると日が暮れ始めようかとしていたので、雪音は帰っていき陽太郎もそれを見送る為に玄関まで行き、彼女が「また明日」と言って手を振るのを少し照れくさそうに返していた。
普段の私なら雪音に付いて行くところなのだが、今日は秋敏が帰って来るので、おみや、ごほんごほん。しっかりと出迎えなければいけないと思い、陽太郎の家に留まる事にした。
部屋に戻った陽太郎の膝の上に戻り、彼がまた自分の世界に戻りつつも、私もまた夢の世界へと旅立った。
そんな旅立った私を現実世界に連れ戻したのは、本日二度目のノックのないドアの開閉音だった。その音は、雪音のように勢いのあるものではなかったが、私の耳はそんな微かな音を敏感に拾った。
瞼を開けた私の瞳に映ったのは、ある人物が入口に立っていた。そして、その人物は私の視線に気が付いたのか人差し指を口元に当てる。
陽太郎はヘッドホンをしていて、まったく気が付く事なく集中してカタカタカチカチしている。これは、どうするべきだろうか。陽太郎に伝えるか、いや、ここは向こうの主張を尊重してあげるべきか。
私は、その人物の指示に従う事にし大人しくしている。すると、その人物は部屋に入ってくると陽太郎のすぐそばに立つ。しかし、陽太郎は全く気が付かない。
その人物は陽太郎の真後ろに立ち陽太郎の様子を観察している。思春期真っ只中の男子高校生の部屋に勝手に侵入してこのような行動をされたら堪った物ではないだろう。良かったな、陽太郎、尊厳は辛うじて守られたぞ。
しかし、一向にその人物は声を掛ける気配がない。もしかして、陽太郎がゲームを終わるのを待っているのか? だとすると、結構待つぞ、これは。
うーん、仕方あるまい。
私は陽太郎の太腿に日ごろから手入れを欠かしていない自慢の爪を軽く、本当に軽く立てた。
「痛っつ! グレ、何す……」
陽太郎が背後に立つ存在に気が付く。
「…………」
「………………」
二人は見つめ合い、感動の再開……。
「久しぶりだな、陽太郎」
「な、なんで、居るんだよ! 父さん!!!」
にはならなかったかー。
「ありがとう、春子さん」
茶碗にご飯をよそってもらったこの家の大黒柱である秋敏が春子に礼を言う。先ほどのスーツ姿から今はラフな無地のTシャツにくろのスラックスに着替えている。春子も今日は定時で帰ってこれたので、久しぶりに一家揃っての食事だ。
ただ、陽太郎だけが無言でご飯を食べている。
「どうしたの?」
春子が訊くが、陽太郎は無言のままである。
「春子さん、陽太郎は僕に会えて照れているんだ」
「そんなわけあるか!」
秋敏の言葉に陽太郎が強く反発する。
「父さんがノックもせずに勝手に俺の部屋に入って来たからだろうが!」
「いや、ノックはしたぞ」
していない。真顔で嘘をつく。ちなみにその嘘をつきながら、ちらりと私を見る。
私は何も言っていない、いや、何も言う事が出来ない。
「だったら、声を掛ければいいだろう。なんで、黙って後ろに立って居るんだよ」
「驚くかなって」
「驚くわ!」
まあ、あんな事をされて驚かない人間を逆に教えて貰いたいぐらいなものだ。陽太郎の意見には賛成の言葉しか出て来ない。
「安心しろ。例え、お前がアレなサイトを見ていたとしても黙っておいてやる」
「まあ、陽太郎も思春期だからしょうがないけど、変なサイトには引っ掛かないようにしなさい」
「できるか! そして、引っ掛かりもしないわ!!!」
秋敏と春子の妙に理解のある言葉に対して強烈に否定する。安心しろ、そのデリケートなプライベートな部分は私も黙っておくぞ、陽太郎。
このやり取りも本当に懐かしい。やはり、黒地家はこうでなくてはな。
「
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