休日⑤完

「やはりキャンプ場といえば、これだな!」


 夏雄はトングを持ちながらすでに酔っているのだろうか、普段にも増してテンションが高い。どんな場でも明るいものに変えてしまえるのが夏雄の良いところではあるのだが、少々明るすぎるのは眩し過ぎるものではある。


「夏雄、焼き方が大雑把過ぎる。こっちはもういいし、こっちは焼き過ぎだ」


 そんな夏雄とは正反対に冷静に一つ一つの肉を丁寧に焼いていくのは秋敏であった。こうなった時の秋敏ほど頼れる男はいない。


「秋敏が几帳面過ぎるだけだろ」

「いや、夏雄が大雑把なだけだ」


 トングをお互いに突き合わせたかと思うと、お互いに肉を取り合いそれぞれの受け皿に乗せる。そして、お互いに箸で肉を掴み口に運ぶ。そのまま、無言でガシッと握手する。相変わらず、この二人の仲の良さはよく判らない。


「毎回思うけどお父さんと秋敏さんってすごい仲が良いよね」

「一応、幼馴染らしいからな」


 そんな光景を雪音の膝の上で見ていると、雪音と陽太郎も同じような事を口にする。夏雄と秋敏は物心つくころには一緒にいたらしく、彼らが高校生になる頃に秋敏は親の都合で引っ越しをしてしまって離れ離れになったのだが、大人になって再会たのだそうだ。それも家が隣同士という奇跡みたいな再会を。


「まったく、二人だけで盛り上がるんだから」

「二人ともお肉もだけど、野菜もしっかり食べるのよ」


 盛り上がる男二人をよそに冬美と春子は焼き上がった肉と玉ねぎやピーマンといった色とりどりの野菜を持って来て雪音と陽太郎の受け皿によそってくれる。


 ちなみにだが、冬美と春子の場合は両家がお隣になってからの付き合いなのだが、冬美が春子を一目見て気に入って押して押して、それはもう押しまくったそうだ。春子本人としては最初こそ戸惑ったそうだが、姉御肌な冬美に色々と助けて貰って春子は今ではすっかり彼女を信頼している。なんなら、この二人だけでよく出掛るくらい仲良しになっている。


「ありがとう」

「ありがとう、お母さん」


 そして、私にもよそってくれるのかと思って期待して待っていたのだが、私に用意されたのはいつもより少しお高めのキャットフードだった。


 う、うむ。判ってはいた。判ってはいた。そうだけど、そうだけれど、少しは期待してもしょうがないと思う。


 美味しそうに焼かれた肉を頬張る二人を見ながら私は自分の皿に盛られたキャットフードを食べる。


 なんだ、と、滅茶苦茶美味しいのだが、これ。


「ねぇ、グレのご飯って」

「うん? ああ、父さんが買ってきた地域限定のやつみたいだな」


 秋敏、やはりお前は良いやつだ。


 普段家に居ない分、帰ってくるとそれはもう大量のお土産を買ってきてくれる。しかも、そのどれもがセンスの良いものだ。


 仕方ない今度、秋敏には私から労いの肉球マッサージをしてやろう。これには雪音も陽太郎もメロメロになってしまうほどの威力がある。


 しばらくバーベキューをみんなで堪能していると、雪音が陽太郎に耳打ちする。四人には聞こえなかっただろうが、私の耳を誤魔化すことは出来ない。


 陽太郎は頷くと、持っていた皿をテーブルに置き、雪音と一緒にそっと立ち上がり二人は離れていった。


さて、と。私も立ち上がり忍び足でその場を後にする。この辺りは灯りがあまり無いが、澄んだ夜空から差し込む月明かりが夜道を照らしている。そして、夜でも良く見える私のこの両目は二人の後ろ姿を捉えた。


 この辺りは自然豊かだ、つまり、私のこの俊敏な体を持ってすれば身を隠しながら後を付いていくことなど造作もない。木によじ登り、枝から枝へと移動する。


「随分と変わったと思っていたけど、ここはあんまり変わってないね」

「だな」

「ねぇ、覚えてる? 子どもの時二人だけで探検とか言って抜け出して帰り道が判らなくなって泣いてたよね、陽太郎」

「いや、あの状況なら泣くだろうが!」

「それで、私が励まして引っ張っていってさ」

「くっ!」


 覚えている。


「それで、グレが私たちを見つけてくれたんだよね」

「ああ。正直暗闇からいきなり声がしてびびって……ないけどな」

「強がっちゃって」


 二人がいきなりいなくなって四人が慌てていて、すぐさま私は二人を探しに行った。そして、すぐに雪音に手を引っ張られている陽太郎を発見したのだ。


 まあ、その後二人はこれでもかというほど怒られたのだが。


「あれから随分と時間が経ったね」

「そうだな」

「このままさ」


 雪音は立ち止まる。陽太郎も立ち止まり、雪音を見ると、彼女は空を見上げていた。


「変わっていくのかな」

「雪音?」

「昔は怖かったこの風景も今は、怖くない」

「そりゃ、成長してるからな。見える景色も変わるだろ」

「昔はよく来てたのに、ここに来たのも随分と久しぶり。きっと、こういう機会って無くなっていくよね」

「かもな」

 

 見上げていた顔を下ろし、陽太郎を見つめる。


「私たちもこうして一緒に何かをするのって無くなっていくのかな」


 雪音の言いたいことは判る。昔はそれこそ一緒にいたが、成長するにつれて各々の時間を過ごすことが増えた。それはきっと二人にとっては良いこであり、同時に寂しいことなのかもしれない。


 雪音はきっとその変化が陽太郎との関係が無くなってしまうと感じてしまったのだろう。だから、雪音はなんとか関係を続けようと動いている。


 陽太郎が如何せん鈍感過ぎる。最近ちょっとは進展したかと思っていたのだが……。


「なーんてね」


 雪音は悪戯が成功した子どものような笑みを見せる。


「久しぶりにここに来て変に感傷的になっちゃた。ごめんね、そろそろ戻ろっか」


 くるりと方向転換して雪音が来た道を戻ろうとする。


「変わらないに決まってるだろ」


 その声は大きくなかった。だけれど、確かに響く。


「どれだけ時間が経って、どれだけお互いが大人になっても俺の日常には、雪音が居る」


 雪音がゆっくりと振り返える。


「それって」

「い、いや、だから、だな。つまり……」


 くっ、後もう少し、そこだ陽太郎! 言え! 言ってしまえ! 興奮して枝先に重心をのせる。すると、足元から嫌な音が……ま、まずい。


 そう思った瞬間には私は重力に引かれていた。


「ぐあ!」


 そして、綺麗に陽太郎の頭に着陸した、してしまった。


「グ、グレ⁉」


 突然登場した私に雪音が驚きの声を上げる。陽太郎が私を頭からどかせるように抱え上げる。


「お前いったいどこから……」

「もしかして、私たちが心配で探しに来てくれたの?」

「にゃ、にゃー」


 そうだとばかりに返事をする。そう返事する以外の選択肢が無かった。だが、内心私はやってしまったという猛省の気持ちでいっぱいだった。


「……戻るか」

「そうだね」


 もう少しだったのに! もう少しで……。


 だが、見上げるとそこには綺麗な星空と月明かりに照らされた満足そうな二人の顔。とりあえずは、これはこれでいいものだ。


 もしかしたら、二人は私が想像している以上に……これ以上は語る必要も無い、か。私たちゆっくりと四人の所へと戻っていった。





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この二人ほど面倒な関係はない 雲川空 @sora373

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