第5話 コンビニの棚に置いてないもの
二人体制になる午前九時までの一人の時間。
あと一時間、一人の時間。
この間に何人客が来ただろう。
二人? 覚えている限り、トラックの運転手らしき一名と常連のお客の一名。
顔だけは割れているから年始の挨拶をちょろっとしたのは、もう遠い記憶になりつつある。
事務所の椅子に座り、防犯カメラを眺めていた。
弁当の納品時間もまだまだ。
客が来れば、駐車場に向けられているカメラで分かるため、頬杖をつきながら口を開けていた。
退屈であるというのは恐ろしいものだ。
ワーワーに選出されたことを、ふと忘れてしまっている自分がいた。
意外とこんな感じなのかな。
カメラに動きを感じた。
車が一台入ってきた。
あ。
クリーム色の小型の車。
誰もいない駐車場へ軽やかに吸い込まれてきた。
(あの人だ!)
忘れていた、のかもしれない。
あまりのヒマさに、感情も麻痺しかかっていた。
八時十分。
今日も来てくれてる!
ボケっとしていた身体に、一瞬にしてガソリンが満タンになる。
「いらっしゃいませー」
さも一生懸命仕事をしていたかのように、レジへ飛び込みその方を迎える。
自動ドアをくぐる際、上目でチラ見。
声に振り向いたあの方。本当に僅かな時間目が合う。
心が躍る。
緩んだ体の芯が引き締まる。
【といぷーどる氏】
常連の一人。
平日午前中、決まった時間に来るお客さんだ。
祝日には来店しないので、驚いた。
買い物かごを手に取り、店の奥へと歩く様を視界の中で捉える。
今日も颯爽としている。
ワンピースがよく似合う。いつも色とりどりのワンピースが本当によく似合う。
一年近く前から、存在を認識した。
コンビニの常連客というのは、店員からすると想像力の発揮場所のような処がある。
どんな生活をし、どんな仕事をして生きているのか。
買い物の内容から、色々と脳内で察していく。
こういう客の動向観察のようなことは、一応店舗作りをする上で必要なことなのだが、今の自分はあくまでもその人への興味からくるところが強い。
この人も、毎日決まった時間にきて、大体同じような商品を買う。
週中にいちご牛乳を買う。それが木曜であることも把握していた。
以前、宅配便の送り状に関しての問い合わせを受けたことがあった。
その時、案内をしている時、その人がとった対応の何かしらが私の琴線に触れた。
名前を知ったのもその折であった。
こういうものは意識をしだすと早い、というか、芽生えた野草のようにたくましくぐんぐん育ってしまう。
彼女の存在が、日増しに心のウエイトを占めていく。
いつの頃からか、気づけば彼女に憧れていた。
ためらいもなく言わせてもらえば、私は惚れているのだ。
私に比べれば、随分と若いであろう彼女に心を寄せていた。
とはいえ、単なる店員と来店しているにすぎない客。
その関係を崩すことなく、何を築くこともなく、一年以上の時が流れようとしていた。
私の心の中でのみ育っている花壇のバラという感じで、見れたらラッキー、それだけの立ち位置。
しかし、今日は珍しい。
仕事は休みのはずなのに、どうしてか。
イレギュラーな幸運にいささかとまどいつつ、彼女がレジにやって来ると何食わぬ顔で商品のスキャンを始めた。
三点ほどの買い物。
「九百八十円でございます」
上目でほんの一瞬。
(う! カワイイ)
そこで、自我を取り戻す。
そうだ。ワーワーに出るということは、これが無くなるということなのだ。
当たり前に見ていた、何かを愛でて感情が揺さぶられる、そんな気持ち。
あと一年ほどで出来なくなる。
憧れの対象を目の前にして、自分が真っ暗な影の中にいるようだった。
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