第4話 ピットインライフ花の木店
「おはようございまーす」
制服に着替え、事務所の入り口に入りながら口に出した最後の【す】が小さくしぼんでいる挨拶は、年越し夜勤を終える店長に届いた。
「おー、あけましておめでとうございまー」
【すかんく氏店長】は事務所のパソコン作業を中断し、こちらを振り向いた。
「おめでとうございます、今年もよろしくお願いします」
今年もよろしくぅ。
年始の挨拶を交わす。
手を上げて返事をすると同時に、椅子と身体に挟まれた長く大きい尻尾がふりっと動いた。
すかんく氏店長。
自分より少し年上の、雇われ店長という立場上、シフトが埋まらなければいついかなる時も店にいるような感じだ。
年齢が近いということもあり、時間が経つにつれ気の置けない仲になっていた。
「昨日は……大変だったね」
「ええ、まぁ」
昨日のこと。ワーワーのことで間違いない。
やぎ氏と自分の関係については、かねがね話をしていた。
やぎ氏がワーワーに選ばれて以降、色々と相談をした。
大晦日のシフトも融通してもらったりと、店長へ感謝をすることの多かった年末。
「オレらもいつ選ばれるかわからないからなー」
店長はあくびと一緒に、椅子の背もたれを支えに背中の筋肉を伸ばしていた。
「とりあえず引継をしておきますか」
「あ、はい」
「ってかさ、新年一発いっとく?」
「え……何を」
「もー、わかってるくせにー。いくよ!?」
「いやいや、止めてください、そんな新年の始まりイヤです」
「なんでぇ。うし氏が来るまで溜めてたんだよ。昨日から、ってか去年から」
「その初日の出、遠慮します、全力で」
ぶっ。
店長の口から、笑い声が音となって飛び出した。
「ぶあっはっは。やっぱ今年もうし氏のつっこみは絶好調だねぇ、それ聞きたかったよ、去年から」
「絶対何回か、出してるでしょ」
店長が溜めているものは、他でも無く腹のガス。
しょうがないことではあるが、そんなもの(かがされたく)はない。
とは言っても、毎度恒例、節目節目の店長のギャグではある。
我々どーぶつ達は、日がな誰かを笑わせるために何かしらを考えていたりする生き物なのだ。
仲の良い証拠とでも言えるか。
「ほんじゃ引継引継」
束の間のやり取り。そしてまた店員へと戻る。
六時から九時までの早朝時間帯。
例年三が日は、客数も相まって一人での勤務が恒例であった。
カウンターフーズは何を作るだとか、レジの点検はどうだとか、正月体制の指示を受ける。
その合間、何度頭をよぎったか。
(実は今年のワーワーに選ばれまして……)
どんな反応をするんだろう、とか、同情してくれるのだろうかとか。
自分なりの店長像から、リアクションを想像していた。
しかし、ついに口にすることは無かった。
同情されることは分かり切っている。
とはいえ、どーぶつ達に義務付けられている掟に対し、ある年齢以降はどこか諦めという意識を持っている。
店長ともそんな話で、再三に渡り話をしたことがある。
(選ばれたらしょうがないよね)
しょうがない。
この言葉でいつも片が付いてしまうのだ。
「それじゃ帰るから、よろしくね」
いつも通り「お疲れ様です」以外の言葉を口にはしなかった。
今月の終わりになったら、嫌が応でも分かってしまう。
店長への気遣いというか。
一日でも余計なことを考えさせたくはなかったのだ。
一人になってから、頭の中で色々と考えていた。
この仕事も今年までか、とか、家の整理はどうしようとか。
仕事の合間だからこそ少し冷静になっている自分がいた。
それにしても、本当に客がこない。
もともとこのピットインライフ花の木店は郊外に出店されているため、客層が仕事をしているどーぶつ向けというのもある。
世間の就業と密接に営業成績が関係をしているのだ。
いかに自分が平静を装い日常でありたいと考えても、この店自体が正月という非日常を迎えている。
レジ周りをうろついたり、整頓されている棚の商品を何となしに触る。
やることが無い。
仕事なのに。
仕事だから、か。
ワーワーへの焦燥感とは全く真逆で、退屈だった。
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