第32話:柃の潜在能力 1

 全体が氷で包まれた冷たい空間。

 吐いた透明の息が白く塗られていく。吐いた白い息の先には若緑色の霊気が激しく散っている。霊気が反応していなければ、今頃かなりの体力を消耗していた可能性が高い。


「こいよ」


 俺は戦闘態勢に入りながら、水色の鬼面を挑発する。俺の霊気が得意とするのは相手の攻撃に対してのカウンターだ。それを狙うために敵を煽るような口調で言葉を漏らす。


「ふっ、良かろう。手加減はせんぞ」


 水色の鬼面は自身の霊気を最大限に放出していく。水色の霊気が全体に飛び散ると反応するように氷から白色の冷気が浸透していく。モヤがかかり、視界がうっすらと曇る。


 これでは敵の攻撃が見えない。

 そう思った矢先、目の前に無数の水色の光が灯る。光を感知した矢先、その光は実態と化した。若緑色の霊気が次々と反発していく。


 見ると『氷の礫』のような小さな霊気が俺に向けて次々と飛んできていた。

 霊気の力がなければ完全に勝負有りのところだった。相手の攻撃を跳ね返す霊気をよそに俺も攻撃を仕掛ける。人差し指と中指を突き出し、意識を集中させる。


 外に反発する霊気と内に篭る霊気と二重の霊気が生まれる。

 指先に溜め込んだ霊気にイメージを注ぎ込む。この状況を全て跳ね除けるイメージを。


「一撃で仕留める」


 銃を打った時の反動を示すように指先を上へとあげる。内に作られた小さな球は外の霊気に触れると、強大な力となって前へと突き進む。向かいくる礫を最もたやすく崩し、白い靄はおろか部屋を包み込む氷をも一掃していく。


 轟音が鳴り響き、地が揺れる。水色の霊気をかき消すように若緑糸の霊気が強く侵食していく。自分自身でも驚くぐらいの霊気の放出量だった。それでいて、全く体力を損なう気はしない。


 やがて、若緑の霊気が治ると目の前の光景があらわになる。壁は崩れ去り、一つ向こうの廊下があらわになっていた。水色の鬼面の姿は見当たらない。もしかすると、壁に飲まれて瓦礫の餌食となっているのかもしれない。


 何にせよ、これで終わりか。何だか拍子抜けだ。


「流石は『危険因子』とでも言うべきであろうか」


 気が抜けたように前を見ていると、後ろから声が聞こえてくる。先ほどの水色の鬼面とはまた違う人間の声。反射的に後ろを振り向く。

 俺は思わず目を疑った。


 先ほど倒したと思っていた水色の鬼面は全くの無傷といった様子でたたずんでいた。水色の鬼面だけではない。目の前に映るのは奴を含め三人の鬼面がたたずんでいた。

 

 以前戦ったことのある赤色の鬼面。

 そして、柊さんの記憶に写っていた黄色の鬼面もいた。


「先ほど貴様が倒したのは、私の偶像だ。とはいえ、強さは本体である私と何ら変わらない。そして、その私のバーサーカーモードを最もたやすく蹴散らすとは。私では手も足も出ないだろう」


 最初から俺が相手にしていたのは偶像だったのか。それなら、彼女が目の前にいるのも納得だ。


「柊さんはどこにいる? お前は知っているんだろ!」


 俺は真ん中に佇む黄色の鬼面へと叫ぶ。彼女を拐った人物が彼女の居場所を知らないわけがない。奴を何とか捕まえることができれば、柊さんの居場所を知ることができるはずだ。俺は若緑の霊気を再び全身に展開させる。


「そう早まるな。貴様と遣り合うつもりはない。最も『ここでは』の話だが」


 黄色の鬼面はそう言うと、片手を上げる。親指と中指をまじり合わせるとパチッと指を鳴らした。その瞬間、今まで見ていた景色が一変する。

 灯の点っていた部屋は暗い闇が誘う世界へと切り替わっていた。


「一体何をした?」


 微かに見える彼ら三人の姿に向けて声をかける。


「結城くん!」


 だが、返事をしたのは彼らではない。俺は懐かしく聞くその声に目を剥いた。思わず、涙がこぼれそうになる。


「柊さん!」


 俺は声の主の名前を大きく呼んだ。無事でいてくれたみたいだ。ただ、彼女がどこにいるのか暗闇から探す事はできなかった。


「はっはっは。感動の再開といったところか」


 それも束の間の話。暗かった部屋に一気に明かりが灯る。

 いきなり視界に入り込んだ強い光に思わず、腕で目を覆う。ゆっくりと腕を逸らしていき、前の様子を確認する。


 俺は目の前の光景に驚愕した。三人の鬼面。彼らの上に柊さんはいた。

 下着姿の状態で両腕を手錠で嵌められた状態で棒に吊るされて身動きが取れない状態だった。もしいつもの状況ならば、羞恥心を抱いていただろうが、そんな気にはなれない。


 だって、彼女の身体は酷く傷ついていた。至る所が鞭で打ち付けられたように赤く染まっている。メタアースでログアウトすれば身体の傷は消えるとはいえ、鞭で打ち付けられた痛みはリアル世界と変わらない。これだけの傷を負っている彼女は想像も絶するほどの苦痛を背負っているはずだ。


「お前ら、柊さんになんてことを!」

「仕方がないことだ。彼女は我々に敵対をしたのだ。受けて然るべき痛みだ。いや、これで済んでいるのは、まだマシと捉えて欲しい」


 黄色の鬼面は持っていた鞭を見せつけると、それを振り払う。縦横無尽に飛び交う鞭が彼女の身体を襲う。


「ああああああああああああああああ!」


 柊さんの苦痛の叫びが部屋中に響き渡る。


「やめろっ!」


 俺は指先を向け、霊気を集中させる。しかし、このまま攻撃すれば柊さんをも巻き込むことになる。先ほどの自分の攻撃を見て、それは明らかだ。どうすれば。こう言う時、自分の力の制御ができないと言うのは辛いものだ。


「どうした? 先ほどみたいに攻撃しないのか?」


 黄色の鬼面が俺を挑発する。おそらく、俺の思考が分かっての挑発だろう。

 俺は思わず、力強く歯軋りする。


「早く攻撃しなければ、彼女がもう一度痛い目を見るぞ。こんな風にな!」


 再び鞭を振りかざす黄色い鬼面。柊さんの絶叫が再び、部屋中に響き渡る。


「結城くん、私もろとも彼らを攻撃して。私はあなたを殺した。だからこそ、今度はあなたが私を殺して。ここはメタ・アース。死ぬ事はないわ」


 柊さんは苦痛に耐えながらも俺に訴えかける。そうだ。ここはメタ・アースなのだ。たとえ死んだとしても、リアル世界で死ぬわけではない。元々再生者である柊さんのペナルティはゼロだ。


 だが、できるわけがない。

 自分が殺された時の感覚が脳裏に過ぎる。あんな酷いことを、自分の好きな人にすることなどできるわけがないのだ。


「ふっ。意気地無しめ。仕方がない。ならば、我々から仕掛けるとしよう」


 そう言うと、彼ら三人の霊気が強まり、周囲に撒き散らされる。

 赤色の鬼面の霊気は前の黒とは違い、赤色を灯している。前に戦ったときは、実力を温存していたみたいだ。


 水色、赤色、黄色の霊気がまじり始める。


「さて、貴様が真の『危険因子』かどうかこの目ではっきりと見せてもらおう」

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