第33話:柃の潜在能力 2

「「「バーサーカーモード」」」


 三人の鬼面は自身の霊気を極限まで引き上げていく。霊気は肥大化するとともに、その色を濃くしていく。彼らは自身の手を前に出すと、引き上げた霊気を前へと突き出す。水色と赤色と黄色の霊気が階層に区切られ、混ざり合い、球となる。


 目の前に写る光景を見て、俺は彼らに向けた指先をゆっくりと下ろす。自分の力の制御ができない以上、彼らの攻撃にカウンターをかける事はできない。下手をすれば、柊さんを巻き込む恐れがあるのだ。


 ここは防御に徹するしかない。

 俺もまた自身の霊気を対外へと放出する。若緑色のヴェールが俺の体を包み込んでいった。


「「「トリニティ・バースト」」」


 彼らの言葉とともに三階層に別れた霊気の球が、その中心からレーザー光線を繰り出す。

 完全に混ざり合い、白色となった光線が俺へと降りそそぐ。俺は腕を交差させ、受け身の体制をとった。


 白色の霊気と若緑の霊気がぶつかり、反発し合う。今まで受けたことのないほどの衝撃に見舞われた。反発した霊気同士が化学反応を起こすと、黒色の稲妻が所々に現れる。


 俺は後ろへと下がる。意図的に下がったと言うよりは、白色の霊気に押されて、擦るように下がると言うのが適切だ。

 完全に押し負けている。押し負ける経験をしたことがないため、ここからの対処方法は俺にはわからない。


 自身の意識に訴えかけ、さらなる霊気の放出に努める。すると、押し負けていた若緑の霊気はその領域を広げていく。このまま霊気を拡散すれば、奴らの攻撃に対処できそうだ。

 俺はさらに意識に語りかけることでどんどん若緑色の霊気を拡大していく。


 反発したことで現れる黒色の稲妻はその量をさらに増していく。

 俺はそこである違和感に気づいた。現れた稲妻の一部が消えることなく、黒色のまま空間に残り続けていたのだ。


 これは稲妻ではないのか。そう思ったのも束の間、空間に残る黒色の稲妻はどんどん増えていく。まるで空間にヒビが入ったかのように黒色の稲妻はその範囲を徐々に広げていく。何だかとても嫌な予感がする。


 だが、今更弾けるような状態ではない。少しでも気を緩めれば、敵の力に押しつぶされ負けてしまう。このまま、霊気を放出するしか選択肢が残されていなかった。

 若緑色の霊気が拡大するとともに、黒色のヒビが空間全体に響き渡っていく。まるで、若緑の霊気と黒のヒビが一体化したように霊気量と空間のヒビの量は比例する。


「っ!」


 その光景を眺めていると、不意に若緑色の霊気が勢いよく拡散されていく。同時に空間が粉々になる前兆を示すように黒色のヒビが視界を覆った。

 見えていた城の壁が剥がれるように白色と化す。次々と壁が剥がれると、全体が白く包まれていった。


 視界全体が白くなり、まるで意識が吸い込まれるような感覚に襲われる。

 俺は、一度この感覚を経験したことがあった。


 刹那、視界が一気に灯る。


「痛っ!」


 尻に痛みを伴うと周辺が緑に包み込まれた。少し上を向くと青色が見える。それが森と空だと言うことに気づくのに、数秒かかった。


「ここは?」

「柃君っ!」


 戸惑いを見せていると、見知った声が耳に響く。声の主へと顔を向けると、誇誉愛先輩の姿があった。さらに奥を見ると、瓦礫の山が見て取れる。もしかして、最初に見た城が崩壊したのか。


「誇誉愛先輩!」

「びっくりした。不意に現れたから。何かあったの?」

「いや、俺にもさっぱり……」

「「痛っ!」」


 話していると、再び見知った声が響く。誇誉愛先輩とともに目を向けると、湊さんの上に冬樹さんが乗っている様子が目に映る。


「またこのパターンか……」

「そうだね……今回被害に遭ったのは主に僕なんですけど。冬樹、早く退いて」

「疲れた……ここ楽だな」

「冬樹……寛がないでよ……」


 二人は互いに倒れた状態でやりとりする。相当疲弊している様子で、服の破れや皮膚の火傷と傷が目立っていた。彼らも激しい戦いを繰り広げていたみたいだ。


「やはり、『危険因子』であったようだ」


 不意に聞こえた声に穏やかだった俺の心は激しく躍った。反射的に声のする方へと目を向ける。見えるのは先ほどの三人の鬼面の姿、そして柊さんの姿だった。棒に吊るされた状態からは開放された彼女だが、彼女の両手を繋ぐ手錠は未だ健在だった。


「柊さん!」


 俺の声に反応するように柊さんはこちらを向いた。


「結城くん!」


 状態を立て直し、手錠がかかった状態でも立ち上がろうとする彼女。それを黄色の霊気がとめる。黄色の鬼面が手に棒状の霊気を持ち、柊さんの行く手を止めていた。柊さんは動きを止め、大人しく座り込む。


「柃君、彼らは?」

「扉からリープした際に鉢合った連中です」

「なるほど。やはり、黄色の鬼面が柊 刹那さんを誘拐したと言うことで間違いなかったようね。でも、なぜいきなり、ここに現れたの?」


「それは俺にもわかりません……」

「先ほど、彼らは『危険因子』と言っていたけど、それと関係がありそうね。まあ、その辺は彼らにじっくり聞こうかしら」


 そう言って、誇誉愛先輩は彼らの元へと歩いていく。彼女もまた、激しい戦闘を行なっていたようで最後に見た竹刀はボロボロに砕け散り、柄の部分だけになっていた。その柄の部分に黒色の霊気が灯っている。あれが、誇誉愛先輩の本当の霊気の姿なのだろう。


「あなたたちの目的は何? 柊 刹那さんをさらって何を企んでいたの?」


 誇誉愛先輩は彼らへと尋ねる。先ほどの穏やかな口調とは打って変わって、怒気の籠もった声調だ。


「敵に話すほど愚かではない。だが、柊 刹那を拐った目的くらいは話してやろう。君たちに特別公務課にも関わる大事なことだからな。彼女を拐った目的は二つ。一つは我々の禁忌に触れる行動をしたため。せっかくの計画が彼女のせいで不完全な状態で進めることとなった。その罪を肉体を持って償ってもらった。このような形でな!」


 黄色の鬼面は手に持った棒状の霊気を柊さんの腿へと突き刺す。

 柊さんは痛みを堪えるように歯を食いしばる。俺は上体を前に起こし、前傾姿勢をとる。早く彼女を助けなければ。


 しかし、俺の行動は誇誉愛先輩が手で制することで止まる。彼女は無言のままこちらを見た。今は動いてはいけないと彼女の目は言っていた。

 俺は拳を握りつつも、グッと堪える。


「それで、もう一つの目的は?」

「もう一つは、そこにいる『結城 柃』の力を見るため。彼の力は我が主人にも匹敵するほど崇高である。だが、その力は崇高であるとともに非常に危険な存在である。だからこそ、この目を持って、結城 柃が危険となりうる存在か確認するためでもある」


「それが『危険因子』と言うこと?」

「然り。そして、先ほどの戦闘で彼が『危険因子』であることが証明された。ここに戻ってきたのは、彼自身が我々のいた専用スペースを破壊したからだ」

「仮想空間を破壊した……」


 誇誉愛先輩は俺を見る。信じられないと言った様子で目を大きくし、瞳を輝かせていた。


「その様子を見る限り、貴様もことの重要さがわかったようだな。であれば、これ以上の説明はいらない」


 黄色の鬼面は霊気を引き、柊さんは苦痛から開放される。


「もうこの女には用はない。彼女はここで開放しよう」


 黄色の鬼面は柊さんの背中を蹴ることで前へと突き出した。誇誉愛先輩の手がそれを合図に俺から外れる。もう動いていいとのことらしい。俺は急いで柊さんの元へ走っていく。

 柊さんもまた走る俺の姿を見ると倒れた自身の体を起こす。


「だが……」


 刹那、目の前に映る柊さんが吐血する。見ると、心臓の部分に黄色の霊気が突き刺さっている。


「死をもって、最後の償いは受けてもらおう」

 俺は思わず目を剥いた。腹の内側から怒りが込み上げてくる。体全体に若緑色の霊気が灯る。


「結城くん!」


 その怒りを柊さんの声が押し留める。彼女の表情は笑っていた。


「大丈夫よ。実際に死ぬわけではない」


 そう言って、笑顔のまま彼女は光となり、その場に消えていった。

 俺は脱するようにその場に座り込んだ。体全体に纏われた霊気はいつの間にか綺麗に消え去っていた。


「また会おう。次に会う時が楽しみだ」


 向こうにいる三人の鬼面はそう言うと、リープ機能で消え去っていった。

 最後に残ったのは束の間の沈黙だった。森に吹き荒れる風は寒かった。防寒具を着ているのになぜだろうか。


 その疑問に応えるように一粒の涙が俺の手にこぼれ落ちた。

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