第14話:レッツ、筋肉トレーニング! 1

 軽めのジョギングを終え、スポーツジムへとやってきた俺たちは各々の更衣室へと入っていった。更衣室に入ったとはいえ、着替えはもう済ませてある。だから、やることは荷物置きだけだ。


 ロッカーに自分の荷物を置き、ペットボトルとタオルを持って更衣室を出る。そのままの足でジムの方へと入っていった。柊さんはまだ来ていないようなので、邪魔にならない場所で待つ。せっかく先に来たので、遠目にジムの内装を確認する。


 ランニングマシンはもちろんのこと、上半身、下半身の大部分を鍛えられるのではないかと思えるほど、器具の種類は多種多様だ。ジム内にいる人は少なかった。皆、腕筋や肩甲骨の筋肉は立派なものだ。


 こう言う時、思春期特有の性的欲求が働く。視線はランニングをしている女性へと向く。向くというよりは自然と目がいった。必死に走る女性を横目に、彼女の揺れる乳から視線は動こうとしなかった。ふむ、なかなかいいものだな。


「結城くん、お待たせ」


 トレーニングの様子を見ていると、柊さんから声をかけられる。不意に声をかけられたため驚きで体がピクリと反応した。今の疾しい様子を柊さんに見られていなかっただろうか。恐る恐る彼女の方を向くと、俺は思わず眉を上げた。


「柊さん、その格好……」 

 

 更衣室で着替えていたのか、柊さんの服装は変わっていた。帽子は取られ、ミドルヘアを上のあたりでポニーテール状に止めてある。そして、上着を脱いだようなのだが、中はタンクトップだったようで彼女の素肌がオープンになっている。


「何か変かしら?」


 柊さんは俺の様子を見て、首を横に捻る。微かに見えた頸に思わず、声が出そうになった。それを隠すように口を手で覆い、視線を逸らす。先ほど、女性を見て性欲を高めてしまったのが仇となったらしい。今の行動はあまりにも俺に効きすぎる。


「なんで目を逸らすのよ?」

「とりあえず、ストレッチから始めようか」


 柊さんの質問をガン無視して、筋トレを始めるように促す。この状況を維持されるのは、今の俺にはかなりの苦難だ。今日は筋トレよりも精神のトレーニングがメインになる予感がしてきた。


「なんで、結城くんが仕切っているのよ。でも、そうね。まずはストレッチからやりましょう。こっちにきて」


 柊さんに連れられ、ストレッチマットのある方へと歩いていった。二人向かい合う形になると柊さんが俺の方へと顔を向ける。


「ストレッチは『ワールドグレイテストストレッチ』を左右10セットずつ行っていくわ。まずは私がやり方を見せるから結城くんはそれが終わったらやってみて」


 そう言って、柊さんがゆっくりとストレッチを行う。

 直立の状態から、左の足を前に出し、腰をかがめる。右手のひらを地面につくと、体を前に倒し、左肘を地面につく。左肘を持ち上げると、指先が天に向くように体を左方向へと逸らしていく。左手を下ろすと左足の外側に手のひらをつき、腰を引くことで左腿を緩める。そして、再び直立の状態へと戻っていった。


 今のが1セットのようで、同じ動作を対照的に行っていく。

 柊さんの動作を一つ一つ確認する。しかし、俺の視線はどんどん違う方へと向いていった。先ほどよりもはっきりと見える彼女の頸。手を挙げた時に見える彼女の脇。前のめりになることでチラッと見える谷間。


 性的欲求が高まる箇所に対して、意識しなくとも視線は惹きつけられる。

 このままではいけないと思い、俺は彼女から視線を外すと外の景色へと目をやった。しかし、外の景色を見る前に先ほどの女性の姿が入り、その人へと視線がいく。


 本当に筋肉トレーニングよりもメンタルトレーニングが強めだな。

 こんな時間があとどれくらい続くのだろう。早く終わって欲しい気持ちとずっとこのまま見ていたいという気持ちが交互に現れる。正直なところはずっと見ていたい。


「ねえ、結城くん、さっきからどこを見ているのかしら?」


 顔を背けていると柊さんからの注意が入る。俺は慌てて、柊さんの方を向くと弁明に入る。


「いや、その……景色がいいなと思って。はははっ」

  

 俺の弁明に柊さんは訝しげな目を向ける。とても怪しんでいる様子だ。


「あなたさっきから、ランニングマシンで女性ばかり見ているわね。それも卑猥な目で」

「誤解だよ。決して卑猥な目では見ていない。言うなれば、真剣な眼差しかな」

「それ、もっと最悪なのだけれど。はあ、お願いだから私の方を見ていて」


 柊さんが思わず漏らした言葉に、俺は胸の高鳴りを覚えた。今、『私の方を見ていて』と言わなかったか。


「はい! どこまでも柊さんを見続けようと思います!」

「いや、ストレッチの姿だけでいいから」

 

 まあ、そういう意味合いだよな。決してそっちの気があっての言動ではないよな。少しは期待してしまったが、本人が言った以上、誤解はできなくなった。世の中知らない方がいいことがありふれてやがる。


「また私だけがやっても、無視されるのがオチだから一緒にやりましょう。少しはやり方を見ていたかしら?」

「うん。多少はね。やることは単純だから、もうできるとは思う」

「では、やりましょうか。私の方でどの動作を行うか、一つ一つ言っていくわ。まずは左足を前に出して」


 柊さんの指示の元、彼女が言った動作を一つ一つこなしていく。

 左足を前に出し、腰を下ろす。右手のひらをつき、体を前に倒して、左肘をつく。左肘を離して指先を天に伸ばし、体を左に向ける。左手をおろし、左足の外側に手のひらをついて、腰を後ろに動かすことで腿を緩める。そして、元の位置へと戻る。


 これを交互に行っていく。ストレッチのため、そんなに疲れることはないと思っていたが、考えが甘かった。5セットを超えたあたりから、疲労が始まる。現実世界で運動しなさすぎたのが仇となったみたいだ。


 10セットを終えると俺はやや乱れた息を整える。柊さんはその姿を見て、再び訝しげな表情を見せた。


「結城くん、オラクルから進められている運動メニューをこなしているかしら?」

「……」


 柊さんの回答に俺は無言でいる。リアル世界での食生活・運動量を管理するオラクルは毎日、今日の運動メニューを提供してくれる。軽めの運動のため風呂に入る前にこなしたりするものだが、俺は面倒で無視を続けていた。その結果、体力のない身体が出来上がってしまったわけだ。


「はあ、これからは私があなたの運動量を管理した方が良さそうね」

「それって、毎日連絡をくれるってこと?」


 俺は彼女の言葉にウキウキしながら返す。今まではほとんどもらえなかった彼女からのメッセージを毎日もらえるのか。これほど嬉しいものはない。


「結城くんが迷惑でなければだけど」

「ぜんぜん迷惑じゃない!」


 俺は思わず彼女の肩を掴む。迷惑だと思われて、連絡をとってくれないのは言語道断だ。俺にとってはむしろ連絡をくれない方が迷惑である。


「っ! それなら、管理させてもらうわ。その代わり、私が管理するのだからオラクルの指示よりもかなりハードになることは覚悟しておいてね」

「え……あっ、はい……」


 柊さんは不敵な笑みを見せる。珍しく見れた彼女の微笑みだが、できれば見たくなかった微笑みでもあった。

 ひとまず、ストレッチを終え、俺たちは本格的に筋トレを開始することになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る