第15話:レッツ、筋肉トレーニング! 2
「はあ、はあ、はあ……」
マットに寝転んだ俺は自分の呼吸に意識を向けながら天井を仰ぎ見ていた。
全身から汗が湧き出るが、タオルで拭く気力すらも今はなかった。
チェストプレス15回を3セット、ラットプルダウン15回を2セット、シーテッドロー15回を2セット、スクワット15回を3セット、クランチ10回を2セット。
柊さんが教えてくれた筋肉トレーニングをこなした俺は全身疲労で一歩も動くことができずにいた。
スクワットを終えた時点で体力は限界だった。最後のクランチはもう意識朦朧とした状態で行っていた。久しぶりに気力で勝負をした気がする。
「これでトレーニングは終わりよ。全部ちゃんとこなせたようで何よりだわ。最初にしては上出来ね」
柊さんは仰向けで倒れ込む俺の横に立つと表情を覗いた。最初の段階では見惚れていた体だが、今は全く感じなかった。疾しい思いを抱くほどの余裕が今の俺にはないのだ。
大変な思いをしたが、柊さんに褒めてもらえたのは何よりだ。
彼女に返事をしようと思うが、呼吸をするだけでも精一杯であり、とても声が出せる状態ではない。そのため、目だけで彼女に感謝を伝えようと試みる。
「その様子では、立ち上がるまでにはまだ時間がかかりそうね。ひとまず、今日の結城くんのメニューは終わりだから、ゆっくり休んでいて。私はもう少しランニングをしてくるわ」
残念ながら感謝は伝えられなかったが、疲労困憊であることは分かってくれたみたいだ。
柊さんは俺に一言告げ、ランニングマシンのある方向へと歩いたのか俺の視界から姿を消した。再び呼吸に意識を集中させながら、天井から照らす電気に目を向けた。
それにしても、柊さんも俺と同じ練習メニューをこなしていたはずだ。互いに1セット終えた段階で交代してトレーニングを行っていた。
にもかかわらず、澄ました顔で俺に声をかけ、自分は再びトレーニングへと戻っていった。
俺は彼女の私生活について何一つ知らない。リアル世界では今日初めて会ったほどの仲でしかないのだ。きっと柊さんも最初の頃は、俺と同じ状態だったはずだ。人はいきなり強靭な筋力を持って生まれてくるわけではないのだから。
彼女は想像を絶する努力を重ねてきたのだろう。通り魔に殺され、意味のわからぬまま再生者となり、平和だと思っていたメタ・アースで人知れず戦っていたのだ。
そんな彼女が俺を殺して、再生者に仕立て上げ、今こうして一緒にトレーニングを行っている。
きっと、何か特別な事情があるに違いない。ならば、俺にできることは。
しばらく休憩をしていたことで、体を動かすくらいまでは回復することができていた。疲労を蓄積させた腹筋、両腕。これらを全て使うことで上体を起こしていく。
ランニングマシンの方を見ると、柊さんが走っていた。外の景色を見つつも、何か考え事をしているかのように真剣な表情をしていた。
両手と両足をうまく使い、全身を起こす。疲れた体に対して、心の中で鞭を打ちつけ、無理やり動かす。ゆっくりとした動作のまま柊さんのいるところへと歩いていった。
そのままランニングマシンに乗り、操作装置に手を差し伸べる。
「結城くん……」
真横に来たことでようやく気が付いたらしく、俺へと声を掛ける。息を乱しつつも、いつものように話せるくらいは体力に余裕があるみたいだ。
どれだけトレーニングを重ねれば、そんな無尽な体力を作れるのだろうか。
「もう少し俺も頑張ろうと思う」
そう言って、装置を操作した。柊さんだけに無茶なことはさせられない。俺だってまだまだやれるところを見せないといけない。
「結城くん、何をやろうとしているの?」
すると柊さんから怒気のこもった声が聞こえた来た。俺は思わず、彼女の方を向く。
柊さんもまた装置をいじる。作動していたロールは徐々にスピードが下がり、止まった。
「先ほど言わなかったかしら。今日のトレーニングは終わりだって」
「いや、でも、体力は回復したからまだできそうな気がして……」
あれ、思っていたのと違う。
個人的には、先ほどまでクタクタだったのに、まだやろうとする俺の姿に柊さんがときめくと言うシチュエーションを予測していたはずなのだが。俺の想像とは裏腹に柊さんは呆れたようにため息を漏らした。
「そんなに無理しなくてもいいわ。私に触発されたかは分からないけれど、これ以上トレーニングしたら逆に体を壊してしまうわ。今日のところはさっきまでのトレーニングで終わり。分かったわね」
「は、はい」
まさか注意されるとは思っていなかった。でも、俺のことを思っての言動だろう。柊さんの言う通り、今からランニングしたら、足を壊してしまう可能性は否めない。
「でも、ありがとう。今日は、その気持ちだけでいいわ」
柊さんは付け加えるようにそう言った。見ると照れたように頬を掻いていた。話し方も、先ほどの怒気がこもったものよりもぎこちないものだった。
照れを見せる柊さんにいつもの如く『ほんわかした気持ち』にさせられる。
「結城くんの体力も回復したところだし、今日のところはこれで終わりにしましょう。更衣室で着替えたら、またロビーで落ち合いましょう」
ペットボトルとタオルを手に取り、柊さんはそそくさと更衣室へと歩いていった。それは、照れた自分を隠すような素振りだった。
俺は思わず、頬を緩めてしまう。筋トレで熱くなった体は、また別の効果で温まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます