第10話:善意と悪行
「結城くん、手伝ってくれてありがとう」
柊さんは倒れたスーツの男たちの様子を確認しながら、俺にお礼を言った。彼女からお礼を言ってもらえるなんて思いもしなかった。嬉しく思うとともに、どうせ言われるなら、先ほどの平岡さんの時のような笑顔で言って欲しかったとも思った。
「この人たちは一体何なんだ? 平岡さんの霊力のことについて触れていたよね?」
「このスーツの男たちはただの誘拐犯よ。おそらく、霊力については見えていないのでしょうね。白衣の男たちが闇ウェブで掲載しているリストの人物を誘拐し、報酬を得ようとしていたのよ」
「白衣の男たちは俺たちと同じ再生者なんだよね。一体何をやっているの?」
「分からないわ。私もただ、雇われ人にすぎないのだから」
「そういえば、さっき警視庁特別公務課って言っていたよね? 柊さん、高校生なのに、職についているの?」
「まあ、バイトみたいなものよ。私は警視庁公認のバウンティハンターなの。メタ・アースで悪事を働く人間を捕獲する役目を務めている。もちろん、報酬付きでね」
柊さんはレイヤーを展開し、操作を行う。おそらく警視庁へと被害者の身柄の確保、およびスーツの男たちの捕獲完了の連絡をしているのだろう。
警視庁公認のバウンティハンター。メタ・アースには特別な職業があるとは聞いていたが、賞金稼ぎみたいな職業もあるのか。
「屋上での電話はバウンティハンターの仕事依頼だったんだね」
「ええ。昨日から行方不明になっている平岡 霞について、警視庁の方から情報があったの。今夜6時にこの場所に訪れるってね」
操作が完了したのか、レイヤーを閉じると彼女は俺の方へと体を向けた。
「すごい具体的だね。まるで予言だ」
「私たちのいるこの場所は仮想空間よ。この空間は創設者によって支配されている。いわば、ディストピア社会といったところかしら。一個人に焦点が当たった瞬間、彼女の情報は全て筒抜けになる。個人情報はおろか、視覚聴覚といった情報まで全部ね。本日の今夜6時にこの場所で待ち合わせをするという約束も筒抜けというわけ」
「……あんまり聞きたくはない情報だったな。俺の情報も焦点を当てられたら、全部筒抜け人されちゃうわけだ」
「全員が全員知り得るわけではない。実際、今回の件について私の耳には今夜6時に平岡 霞がこの場所に来るという情報だけしか来なかった。白衣の男たちもスーツの男たちも正体は聞かされていない」
「柊さんはいつからこんなことをやっていたの?」
「再生者になってから、一週間が経過してからかしら。警視庁特別公務課から案内がメッセージにて届いたのよ。きっとあなたにもそのうち届くはずよ」
「そうなのか。じゃあ、俺も参入しないとまずい感じかな」
「ええ。再生者となった今、一刻も早く警視庁特別公務課に入ってもらわないと面倒くさいことになるから。結城くんには、不都合な目には遭ってほしくはない」
「優しいんだね」
柊さんは、見た目は冷淡で冷酷な人間だと思われがちだ。実際、周囲のクラスメイトは彼女のことを嫌っている。でも、俺は知っている。本当はとても思いやりに溢れた優しい性格の持ち主なのだ。
「ねえ、柊さん。一つだけ聞いてもいいかな?」
「何かしら?」
だからこそ、俺が警視庁特別公務課になる前に彼女にだけは確かめておかないといけないことがある。再生者となった俺に目をつけ、右も左もわからなかった俺に道を指し示した彼女に対して確認しなければいけないことが。
「昨夜の花火の時、俺を殺したフードの人物。あれって、柊さんだよね?」
俺は視線を彼女の瞳から外すことなく、問いかけた。
昨夜、胸を引き裂き、死に追いやったフードの人物。死ぬ寸前、フードからほんの少し素顔が垣間見えた。水色の瞳を持っており、毛先が肩に当たっていたことから、ミドルヘアだったと思われる。また、フードの凹凸具合から女性であることがわかった。
これらの情報。そして、去年までの期間で、あのスポットに全く人がいないと知っている人間。それらを考慮した際に、割り出される人間はおそらく一人しかいない。
柊さんは表情を崩すことなく、俺をじっと見つめる。
否定も肯定もしないまま、ただただ閑散とした状態で時間が過ぎていく。
やがて、息を吸うために柊さんが僅かに口を開けた。
刹那、轟音が鼓膜を大きく震わせた。
俺たちのいる建物の一部が崩れ、瓦礫が床に落ちる。それによって土煙が発生。室内に蔓延する。
「なんだ。とんでもないやつが潜んでやがったみたいだな。ああっ!」
蔓延した土煙だが、すぐに消滅していく。瓦礫が崩れた方を見ると赤い霊気がそこら中に散漫していた。その発生源は俺が霊力で吹き飛ばした赤髪の男だった。
どうやら、まだ生き残っていたらしい。
柊さんがフードの男の方へ体を向けるのと同じくして、俺も彼の方へと顔を向けた。
「結城くん、先程の話は後日ゆっくり話させて。今はやつを倒すわよ」
「彼も報酬の範囲内か?」
「さあ、それは倒してから警視庁に確認するわ」
柊さんは青色の霊気を赤髪の男と同じく外気に散漫させる。敵は相当な使い手だと察したみたいだ。
「二人同時に相手してやるよ。久しぶりに面白い戦いができそうだぜ」
赤髪の男は両手をすり合わせ、指を鳴らした。
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