第9話:日常での非日常

 時刻はリアル世界の午後6時を回ろうとしていた。

 俺と柊さんは人気のない廃墟の施設にいた。市街地から遠く離れた森林に佇む施設。もともと誰かの別荘だったのだろうが、家具などが雑に置かれ、傷んだ壁やひび割れた地面と内装はボロボロだった。俺たちは端に置かれたテーブルに身を潜め、じっとしていた。


 彼女と行動を共にして、約2時間。その間、俺は再生者の持つ力について説明を聞き、実践に励んだ。再生者の持つ主な力は二つ。


 1つ目が『霊力』。これは人の体を覆う薄膜、霊気による力だ。通常の状態は白色となっているようで、この状態では全く効果はない。しかし、自分の持つオーラの色に変えることで力を発揮する。俺の場合は若緑色。


 もう1つが『識力』。これは霊気を操る力だ。色を変化させたり、霊気を飛ばしたり、霊気の纏う箇所を調節したりする力の総称を指すらしい。


 霊力は才能によって決められるようで、識力は努力すれば高められる力らしい。

 この2時間は識力を高めるのに費やした。おかげで、所々にしか出現していなかった若緑色を全面に展開することができた。


 全面に展開させるのは案外簡単だった。逆に全ての霊気を白色に変える方が困難だった。柊さんによれば、普段生活する際は白色でいるようにしておいた方がいいという。下手に色を変えていると他の再生者に狙われる可能性があるのだとか。


 閑散とした空間に突然と足音が響き渡る。

 誰かがリープしてきたのか。俺はそっとテーブルから顔を出して覗く。

 視界に入ったのは4人組のスーツを着た男と3人組の白衣を纏った男だ。白衣の男側には一人フードを被った人物がいた。


 スーツを着た男組の中には私服姿の女性の姿が見える。アイマスクを被り、口は布で声が出せないように縛られている。手錠をかけられ、身動きの取れない状態だった。明らかに人質であるご様子だ。

 彼らを退治するのが柊さんが背負っている仕事なのだろうか。


「ほうほう、今回は中々の大物を連れてきてくれたようですね。今見る限りでも、良質な霊力の持ち主だ」


 白衣を着た男の一人が女性を舐め回すように見るとにやけ顔を漏らした。男の言動に怖気が走る。早く彼女を救出しないと何をされるか分からない。

 体が自然と動く。すると、肩を捕まれ、後ろへと引っ張られる。振り返ると柊さんがレイヤーを俺へと向けた。


『まだ出てはダメ。下手に出れば、全員に逃げられる可能性がある。確実に相手を捕まえるために今はもう少し我慢して』

 

 レイヤーにはメッセージが書かれていた。今この場所で喋ると声が響いて潜んでいるのがバレる可能性がある。それを考慮して、レイヤーで言葉を伝えているのだろう。

 柊さんはレイヤーに書かれたメッセージにさらに言葉を付け足す。


「色々と苦労をおかけいたしました。今しがたあなた方の口座に一千万を振込させていただきました」


 俺たちがやりとりをしているうちに向こうでは人身売買が始まっている。ムズムズした思いに駆られる。早くしなければ、彼女が危ない。


『合図は、彼らが人質を向こう側に渡す瞬間。私が確認し、頃合いを伺って指で三つ数える。ゼロになった合図でお互い両端から出ていく。先手は私が打つ。結城くんはさっき教えた通りに先手で倒せなかった敵に向かって、霊気を飛ばして』


 柊さんの言葉に俺は頷く。今は彼女の考えに託すしかない。俺が感情的に動いたところで良い結果は得られないだろう。下手を打てば、最悪な結末を生みかねない。

 俺の動作を確認したところで、柊さんはテーブルの端から顔を出した。


「確かに振り込まれているのを確認いたしました。報酬ありがとうございます。では、彼女をあちら側へ」


 テーブルに身を潜めている俺には、相手側の声だけが聞こえてくる。内容からして、もうすぐ引き渡しが行われる。すると柊さんがこちらへ向けて手を差し出した。

 指を三本立てており、そのうちの一本が折り畳まれる。


 カウントダウンが始まった。一気に緊張感が高まる。

 VRMMOのモンスター討伐に似たような感覚だ。初めてプレイした時の緊張感は今でも忘れられない。違うのはレベルもステータスも武器もないということ。霊気といういまだに使い方のよく分からない力で戦う。


 もう一本の指が畳まれる。

 神経を研ぎ澄まし、自分から発している霊気を感じとる。親指、人差し指、中指を立て、ピストルの形を作る。


 最後の一本の指が下ろされる。

 俺は勢いよく立ち上がると人差し指、中指を彼らに向けた。拘束された女性はすでに白衣の男たちの元へと渡されていた。


 出てすぐ、俺の目の前に青色の霊気が姿を現す。礫のような形をしており、それが八個横に並んだ状態で相手に向かって飛んでいった。柊さんが生成し、飛ばしたものだろう。霊力をあんな風に作って武器にするのか。


 不意うちの攻撃に敵は若干のラグがあってから、存在に気づく。スーツの男たちは全員が礫の攻撃を受け、後ろへと吹き飛ばされる。対する白衣を着た3人組は、彼らと一緒にいたフードの男が前に立つと白色だった気を赤く染める。


 右腕を体に埋めると飛んできた礫に向かって振り払うことでいとも容易く消し去る。攻撃の反動で被っていたフードがめくれ、姿があらわになる。

 赤色の刺々しい髪型にギッとニヤついた時に映る八重歯が特徴的な男性だった。いや、見た感じ俺たちと同じ高校生のような気がしなくもない。

 

「いい霊力だ。あの娘は手練れみたいだな。これはやりがいがありそうだぜ!」


 男はこちらに高揚感を覚える瞳を向けると柊さんの元へ走っていく。動きが素早く彼女との距離はみるみるうちに縮まっていく。これも霊力の力なのだろうか。


 柊さんには指一本触れさせない。

 立てた人差し指と中指の先に意識を集中させる。俺の意図通りその部分に流れる霊気が膨れ上がっていった。なんだか昔のアニメのパロディみたいな技だ。


 霊気が飛ぶ瞬間をイメージして、腕を上へとはじく。

 先ほど膨れ上がった霊気が残り、ピストルの弾のように真っ直ぐな軌道を描いて男へと飛んでいった。


 男はこちらから飛んでくる若緑の霊気に対し、先ほどと同じように腕を埋める。

 赤色の霊気の色を濃くすると振り払うことで俺の霊気を一掃しようとした。

 

 すると男は目を剥いた。振り払おうとした腕を押し付けるように若緑色の霊気が男を押し付ける。そのまま男の攻撃を行わせることなく、若緑色の霊気は男もろとも吹き飛んでいった。壁を突き抜け、外へと飛んでいく。


 俺は思わず呆気に取られた。

 まさか自分の力がここまで強いものだとは思いもしなかった。あの男なら普通にかき消してくるだろうと思っていた。


「結城くん、人質の彼女を!」


 柊さんの叫び声に俺は我に返った。

 見ると白衣の男の姿は消えていた。先ほどのフードの男を囮にして自分たちはリープ機能で退散してしまったみたいだ。


 幸い人質の女性は取り残されていた。リープ機能は基本的に個人単位でしか行えない。下手に彼女を説得してリープさせようと思ったら、俺たちに捕まってしまうと思ったのだろう。


 女性は半ばパニック状態になっていた。叫び声をあげていたが、布で縛られているため思うように声が出ない状態だった。無理もない。何も見えない状況で霊力を発散させた時の異音、建物一部が崩壊して瓦礫が崩れた音を聞いたら、誰だってパニックになる。


 俺は急いで彼女の元へと向かった。スーツの男たちは柊さんが生成した霊気による礫で戦闘不能となっており、倒れたまま動かない状態だった。ログアウトしないということは気絶しているだけみたいだ。


「安心してください。あなたを拘束していた人たちは俺たちが対峙しました」


 口に結ばれた布をほどき、アイマスクを外す。女性は息を切らしながらも、こちらに顔を向けると体を退ける。曇った瞳から存外な扱いを受けたのだろうことが伺える。

 俺はひどく怯えた表情を見せる彼女になんて言葉をかけるべきか迷った。


「平岡 霞(ヒラオカ カスミ)さんですね。私は警視庁特別公務課の柊 刹那(ヒイラギ セツナ)です。我々はあなたの味方です」


 迷っていると、柊さんがこちらへとやってくる。パブリックレイヤーを掲示し、平岡と呼ばれる彼女へと優しく微笑みかける。普段の教室では絶対に見せない表情だった。

 レイヤーには柊さんの証明写真とともに『警視庁特別公務課 柊刹那』と書かれていた。


 先ほどまで大層怯えていた女性は、柊さんが掲示したレイヤーを見ると、瞳の曇りを輝かせていく。荒かった息は徐々に落ち着き始めた。

 警視庁である証明を見せたことで、自分の身の安全が守られたのだと実感できたようだ。


「一日以上、メタ・アースの世界から戻れていないと思います。なので、今はログアウトして、お家でゆっくりと休んでください。後日、警視庁にお伺いしていただき、色々とお話しさせてください」


 柊さんは女性の後ろにつくと手錠に手をかける。青色の霊気が手錠に流れていく。パキッという音を立てるとともに手錠をつなぐ鎖の部分が破壊された。

 女性は自由になった手を使い、レイヤーを表示させると、ログアウトした。


 最後に俺たちに向かって、笑顔で「ありがとうございます」と微笑んでくれた。

 最初は全く笑顔を見せなかった彼女が、笑った瞬間、なんだか照れ臭くなった。日常的世界で誰かを助けるなんて久しぶりのことだった。

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