第11話:メタ・アース・オンライン

 赤髪の男との戦闘が始まった。

 柊さんは、再び霊気による礫を生成する。先ほどよりも数は多く、十数個にも及ぶ礫が彼女の周りを囲った。右手を赤髪の男の方へと向けると、礫は一斉に赤髪の男の方へと飛んでいく。


「テメーには要はねえよ。要があるのは、お前だ!」


 赤髪の男は俺の方へと一直線に飛んでくる。霊力を使って瓦礫を蹴ったようで、彼のいた場所を土煙が覆う。

 気がつけば、俺の目の前に彼はいた。最初の位置から目の前に来る過程を捉えることができなかった。


「結城くん、霊力を外へ発散して」


 柊さんが俺の方へと顔を向けたのが微かにわかる。アドバイスに従って、霊力の放出を試みる。


「遅いよ!」


 だが、俺の動作よりも赤髪の男の動作の方がワンテンポ早い。前もって引いた左手の拳を握ると俺へと打ち込んだ。左手に纏われていた霊気は膨張していた。

 土煙が上がるくらいの力で瓦礫を蹴ったと言うことは、足に霊気を纏っていたに違いない。それが気がつけば、左手に纏われていた。


 再生者としてかなりの手練れなのかもしれない。こんな相手に俺はどう戦えばいいのだろうか。


 ひとまず受け身を取ろうと両手をクロスして敵の拳に合わせた。

 敵は不敵な笑みを浮かべ、躊躇することなく拳をぶつける。赤い霊気が若緑色の霊気に浸食していく。


 その瞬間、赤髪の男が後ろへと吹き飛んでいった。先ほどの移動を逆再生するように土煙の中へと入っていった。瓦礫に当たる轟音が響きわたり、土煙の濃さが増す。


 一体何が起こったのか? 俺にはさっぱりわからなかった。柊さんも同じようで呆気に取られた表情で俺たちの様子を見ていた。

 とはいえ、流石にずっとこのままというわけではない。状況を把握し終えると、柊さんは赤髪の男が飛んでいった部分へ向けて、手のひらを向ける。

 

 手の平に漂う霊気が膨張すると、青色のレーザー光線を発射した。レーザー光線は赤髪の男がいる場所に一直線に飛んでいく。土煙を一掃し、崩れた瓦礫を粉砕していく。先ほど生成した礫の威力とは雲泥の差で、強く光るレーザー光線に思わず感嘆を漏らした。


 レーザー光線は徐々に細くなり、点滅するように光るとやがて消えてなくなっていく。

 視界が晴れ、全体が見渡せるようになると赤髪の男の姿は見当たらなかった。レーザーに焼かれ死んでしまったのか。あるいは落ちている瓦礫に身を潜めているのかは分からない。


 兎にも角にも一件落着。不意に発生した霊力によるバトルに呼吸をするのを忘れていた。俺は大きく息を吸い、安堵するかのように息を漏らした。緊張から一気に解放されたからか体が言うことを聞かなくなったかのように脱力する。


「っ! 結城くん?」


 足から崩れ落ち、尻餅をついたことで微かに打撃音が響く。その音に惹かれ、柊さんがこちらへ向く。俺の名前を呼ぶと、急いで俺の元へとやってくる。

 しゃがみ込み、俺の目線に顔を合わせると心配そうに俺を見た。彼女の優しさに触れたことで俺は思わず心を揺るがせた。


「怪我はないかしら?」

「う、うん。なんとか……まさかこんな壮大なことになるとは思ってもみなかったから。緊張のあまり腰抜けちゃったみたい」


 好きな人に不甲斐ない姿を見せてしまうとは。本当にメンタルが弱い人間なんだと自覚する。せめて、彼女の前では強がっていたかった。

 恥ずかしさからか彼女から視線を外す。すると柊さんは俺の頬に手を添え、俺の顔を無理やり自分の顔へと向けた。


 水色の可憐な瞳が揺らいでいるのが見える。彼女も焦っていたのか汗の匂いが俺へと伝わってくる。それを悟られないように普段と同じような冷淡な表情へと戻っていた。


「身体的ダメージも精神的ダメージも薄そうね」


 眼力で身体検査をしてくれていたようで、大丈夫であることがわかると俺の頬から手を離し、立ち上がった。精神的ダメージが今の柊さんの行為で治癒されたのは秘密にしておこう。それと、もう少しこのままの状態でいたかった。


「今日のところは終わりにしましょう。後始末は私がやっておく。結城くんはログアウトしてリアル世界でゆっくり休んでいて」

「では、お言葉に甘えて」


 腰が抜けてしまった以上、ここにいるのは迷惑の何ものでもない。さっさとログアウトしてしまうのが一番だろう。それにこれ以上、柊さんに不甲斐ない姿を見せたくはない。


「結城くん……」


 レイヤーを開き、ログアウトするための操作を行っていると、柊さんは再び俺の名前を呼んだ。思わず、そちらへと顔が向く。


「その……さっきの件なのだけれど、ごめんなさい。事情は後日ちゃんと話すから、今はとりあえず謝罪だけさせて」


 柊さんは俺から視線を外しながら言葉を漏らす。俺の身体検査を行った時とは違い、決して視線を合わせようとしなかった。それだけ彼女の中で『俺を殺した件』には疾しい感情があるのだろう。


「大丈夫。今日の柊さんの様子を見ていたら、悪意で俺を殺したわけではないことくらいは分かったから。だから、今度ゆっくり聞かせて」


 俺の言葉に柊さんは視線をこちらへと向ける。照れたように頬を赤らめていた。


「ほんとお人好しね。ありがとう、信じてくれて」


 柊さんは頬を緩め、こちらに向けてはにかんだ。俺は惚けた表情を見せるが、すぐに我に帰り、彼女と同じく笑顔を向ける。

 彼女の微笑んだ表情が見れただけで、今日起こった不運はどうでもよく感じた。


 その後、ログアウトボタンを押し、俺はメタ・アースの世界からログアウトした。

 今日起こった出来事は未だに信じられない。平和な日常を暮らす仮想空間『メタ・アース』で引き起こされる霊気を使った戦闘。


 まるでVRMMOのようなバトルアクションの世界になってしまったみたいだった。

 アニメや漫画で日本を舞台にした戦闘ものを見ることがあるが、それが日常的になってしまったみたいだ。


 もし、これに名前をつけるのだとしたら、俺はこう呼ぶだろう。


『メタ・アース・オンライン(Meta Earth Online)』

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