第10話 いすずの嫉妬

「女の子と、何イチャイチャしてるの? お兄ちゃん」


 ニコッと笑いながら、いすずは俺に股ドンをしてきた。目はまったく笑ってないし、めちゃくちゃ怖い。


 な、なんの話しだ!?


 いすずが怒っている理由が、まったく分からない。


「い、イチャイチャなんて、してないんだけど……」

「……」

「無言の圧力やめて!?」


 するといすずは、ムッと頬を膨らませる。


「してたでしょ? 学校の帰り道。眼鏡をかけた女の子と! 仕事帰りに見たんだから!!」


 眼鏡をかけた女の子?


 そこで俺はピーンときた。どうやらいすずは、仕事の帰り道に俺と委員長を目撃したらしい。


「委員長とは、何もない!」


 俺はすぐに否定した。

 しかし、いすずは納得していない顔をしている。だから、今日委員長とあったことを洗いざらい話した。


「ってことがあってさー」

「……」

「いすず?」

「……どう聞いても、イチャイチャしているようにしか聞こえないんだけど!!」


 シャーッと叫びながら、いすずは勢いよく壁をバンバン叩いた。耳元で壁を叩かれるから、めちゃくちゃうるさかった。


「なにそのマンガでありそうな展開! めちゃくちゃ羨ましい!!」

「い、いすず落ち着けって」

「私、かわいいって言われたことないし! 私もかわいいって言われたい!!」

「一体何を言ってるんだよ?!」

「うわーん、お兄ちゃんのバカ!!」


 はぁはぁと息を荒げながら、ジッと俺を見つめるいすず。嫌な予感しかしない。


「……って」

「へ?」

「私にも、かわいいっていって!」

「なんで、そんな話になってるの?!」

「いいから早く言って!! これ命令!!」

「えー」


 なぜか「かわいい」と言えと命令された。


「(まったく意味が分からない。けど……)」


 いすずに「かわいい」と言わないと拘束を解いてくれそうにない。


「かわいい、かわいい」

「もっと、心を込めて」

「いすずちゃんは、かわいいです」

「声を大きく!!」

「いすずちゃんは、かわいいです!!」


 しかしいすずは、プクーッと頬を膨らませるだけで納得してはくれなかった。


「少女漫画みたいに言って欲しい! 情熱的に!!」


 少女漫画みたいにか……。


 俺は頭の中で、少女漫画のイケメンを思い浮かべた。


 なるほど、なるほど。


「だったら、場所を交代したほうが良くないか?」

「場所を?」

「俺が股ドンされたままだと、雰囲気出ないだろ? だからいすずが壁に背を向けてくれ」


 そういうといすずは納得のいかなそうな顔をしながら股ドンをやめ、壁に背を向けた。俺はそんないすずの顔の横に手をつけた。

 つまり今いすずに壁ドンしている状態になった。


「お兄ちゃん。逃げたら承知しないからね!」

「逃げないって、大丈夫だから」


 いすずが満足する「かわいい」のいい方を、復唱する。

 あの漫画のイケメンキャラみたいに、優しく、そして情熱的に……


「お兄ちゃんどうしたの?」

「……」

「ま、まさか怖気ついちゃった? ふーんやっぱりお兄ちゃんには無理か。残念……ひゃぁぁあ!?」


 いすずの耳元に口を寄せる。

 ふぅーっと息を吹くと、いすずは顔を真っ赤にさせながら耳をおさえた。


「お、おおお兄ちゃん!?」

「いすず、やっぱりお前はかわいいな」

「ひゃっ!?」


 耳をおさえるいすずの手をどけて、また耳元で呟く。


「おに、おにいひゃん?」

「かわいいよ、かわいくて今すぐに食べちゃいたいくらい」

「ひやっ!? そ、そそんなぁ」

「そんな反応もかわいいな、もっと俺に見せてくれよ」

「あっ、耳は、耳はやめて」


 顔を真っ赤にさせ、目には涙を溜め、震えるいすずの言うことを俺は聞かない。

 だって俺の演じているイケメンキャラは、きっとそんなことしないから。


 ゾクゾクと快感が押し寄せてくる。ドSキャラを演じてるからかな?


「なに、耳が弱いの? いすず」

「ちがっ……んっ!」

「声出ちゃってるじゃん、耐えなくていいんだよ。でも、耐えてる顔のいすずもかわいいな」

「あっ、おにいひゃん」

「かわいい、かわいいよいすず」

「んあっやめてくだしゃい」


 そんな感じで10分間ぐらい「かわいい」を言い続けた。


「かわいい……って、どうしたんだいすず!?」


 没頭し過ぎて、いすずが「ぷしゅー」と言いながら倒れるまでずっと続けていた。


 あちゃーまたまたやりすぎちゃったな。演じるとつい集中しちゃうんだよな。

 己の欠点に反省しつつ、倒れたいすずを見る。


「いすず、おーい! いすずさん」


 ユサユサと揺り動かしてみたが、「ふへへ♡」というくらいでまったく動く気配がない。

 まぁ、やり過ぎた俺にも非はあるし……そのままにしておくのも可愛そうだな。


 俺は倒れているいすずの膝裏と背中に手をいれると、勢いよく持ち上げた。


「さてと、いすずの部屋に行きますか」


 っと思ったが、俺はあることに気がつく。


 ……よくよく考えたらいすずの部屋に入るのはじめてだな。


「後で怒られたりしないよな?」

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