第二の鑑定 戻ってくる手毬 2-5
「四度目に手元に戻ってきた時、もうこれはただ事じゃないって思ってね。竹田屋さんと話して、曰く付きの品を扱ってる甲斐さんに相談することにしたのさ」
そこまで話すと、キヌヨは手毬の入った箱をそっと引き寄せた。
「四度目の出来事があったのはおとついだ。それからは竹田屋さんのところに持っていかずに、ここに置いてあるんだよ。甲斐さんたちに実物を見せながら話そうと思ってね」
狭い部屋の真ん中に置かれた、手毬の箱。一見何の変哲もないように見えるのに、なんとも言えない不気味さが漂っている。
雪緒がその箱を黙って見つめていると、中津川がすっと立ち上がった。
「とりあえず事情は分かりました。キヌヨさん。申し訳ありませんが、鑑定にもう少し時間をください。まだ話を聞いてみたい人がいる」
「一臣。話を聞くって、誰にだ?」
甲斐が中津川を見上げて尋ねた。
「竹田屋の主人だよ。また別の角度から、何か分かるかもしれない」
「なるほど。今から行くつもりか? なら、俺も行こう」
中津川に続いて甲斐も立ち上がる。雪緒も慌てて二人に倣った。
「ああ、ちょっと待って!」
そのまま土間に降りようとしたところを、キヌヨに呼び止められた。三人同時に、動きがぴたりと止まる。
「竹田屋さんに行くなら、この手毬、返しといてくれないかい? もうお金はもらってるからこれは竹田屋さんのものだし……ここに置いとくのも何だか不気味だしねぇ」
「分かりました。じゃあ俺が、確実に竹田屋さんに渡します」
三人を代表して、甲斐が箱を抱える。
今度こそ土間を降りて戸を開けると、キヌヨも外まで見送りに出てきた。
「あたしもついていきたいところだけど、今日は仕事が溜まっててねぇ。悪いけど、竹田屋さんには良く言っといておくれ。ああそれから、雪緒くん……だったかい?」
「はい、何でしょう」
名前を呼ばれて雪緒はキヌヨに向き直った。
「さっきは、あたしの離婚話なんてしちゃって悪かったね。あんたまだ、十二、三ってとこだろう? 子供に聞かせる話じゃなかったよ。本当に、御免ね」
がばっと威勢よく、キヌヨは頭を下げた。あまりの勢いに、雪緒は目を丸くする。
「いえ。大丈夫です。そんな、謝らなくても!」
実はもう十六歳ですから……とは言えない。
頭を下げ続けるキヌヨを見て雪緒があたふたしていると、からからと戸が開く音がした。見ると、隣の長屋から女性が出てくるところだった。
キヌヨはそこでようやく顔を上げ、出てきた女性に声を掛ける。
「おしずちゃん。おはよう!」
隣の女性はおしずという名前のようだ。
年は、恐らくキヌヨと同じくらいだろう。地味な紺地の着物を着て、頭をすっぽりと布で覆っている。顔はその布で半分ほど隠れているが、色白できめの細かい肌をしているのは分かった。身体つきはほっそりとしていて、一見して大人しそうな女性だ。
「これから仕事? 頑張ってね!」
キヌヨがそう言って手を振ると、おしずは微かに頷き、雪緒たちに軽く会釈をしてその場から立ち去っていった。やはりとてももの静かな女性のようだ。
「最近隣に越してきたおしずちゃんだよ。さっき話しただろ? 今は近くの蕎麦屋で洗い物やらお運びやらをしてるんだ。夜遅くまで開いてる店でね。おしずちゃんはいつもこのくらいの時間に仕事に出る」
「なんだか大人しそうな人でしたね」
雪緒が言うと、キヌヨはあはは、と声を上げて笑った。
「大人しいなんてもんじゃないよ。ちょっと筋金入りさ。妙に恥ずかしがり屋でね。昼間でもああやって顔を隠してるし、みんなの前で着物を脱ぐのが照れくさいって言って、銭湯に行かずに、毎日家で湯浴みしてるんだ」
「へぇ。随分奥ゆかしい人なんですね!」
江戸時代、武士の娘は隠れるのが美徳とされ、あまり外を出歩かなかったという。もしかしたらおしずは、そういう時代を引きずっているのかもしれない。
「おしずちゃんは仕事から帰ってくるのが遅いから、それから風呂に行くのは面倒なのかもしれないね。いつも朝方、あたしが仕事を始める前くらいの時間に、長屋の土間で湯浴みしてるみたいだよ」
立ち話はそこで終わった。
雪緒たちはキヌヨに見送られながら、竹田屋へと足を向けた。
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