第二の鑑定 戻ってくる手毬 2-4
キヌヨはちらりと壁の方を見た。丁度、花の掛け軸が掛かっているあたりだ。
長屋は一つの建物が壁で仕切られているだけである。壁の向こうがその、『独り身のお隣さん』の住まいなのだろう。
「ここに越してすぐ、あたしは得意だった着物の仕立てを始めたんだ。一人暮らしに必要な道具はおいおい揃えていったよ。最近ようやく身の回りのものが一通り揃って、部屋が手狭になってきたから、元旦那からぶんどってきたものを売っ払おうと思ってね」
「それで、
甲斐の口から初めて聞く名前が飛び出した。雪緒が首を傾げると、すかさず補足が入る。
「竹田屋さんというのは、この界隈にある古道具屋だよ。店主が俺の知り合いなんだ。この手毬の話もその店主から聞いた」
古道具屋は、文字通りもう使わなくなった道具を持ち込んでお金に換える店だ。店は買い取った品を新品より安く売りに出す。
取り扱う品には店ごとに多少の偏りがあるが、生活用品や着物、楽器や茶道具など、基本的に何でも買い取って売る。新品のものなどめったに買えない庶民にとって、古道具屋は無くてはならない存在だ。
稀に、古道具に交じって美術品が取引きされることもある。古道具屋の店主と美術商の甲斐が顔馴染みなのは、そのあたりが理由だろう。
「竹田屋さんのご主人は、あたしが持ち込んだ品を、この手毬も含めてみんな気前よく買い取ってくれたよ。……ちょっと待っておくれ。その時に書いてもらった買い取りの控えがあるから」
キヌヨは再び手毬が入っていた行李の中を探り、やがて一枚の紙切れを出してきた。
そこには確かに、数点の古道具の名称と買い取り金額、それに半月前の日付が記されている。もちろん『手毬』という記述もあった。
「この通り、あたしは確かに竹田屋さんにそこに書いてあるものを全部買い取ってもらって、お金を受け取って帰ってきたんだよ。だけど翌日の朝、仕事を始める前に戸を開けたらこの手毬だけが戻ってきてたのさ」
キヌヨと甲斐、雪緒の視線が、部屋の真ん中にある木箱に集まった。
買い取り証もあるし、キヌヨの話に嘘があるとは思えない。ということは、やはりこの手毬は一度売られて再び戻ってきたのだ。この家に。
「戻ってきていたというと、具体的にはどんな感じだろう。箱には入っていましたか?」
今まで黙っていた中津川が口を開いた。やっと話が『曰く』の部分に差し掛かり、興味が湧いてきたらしい。
「箱にはきちんと入ってたねぇ。それが、戸を開けてすぐのところに、どんと置いてあったよ。手毬だけが戻ってきて変だとは思ったんだけど、もうお金も受け取ってるからこれはあたしのものじゃないし、とりあえずすぐ竹田屋さんに持っていったのさ」
「ふむ。その時、竹田屋さんはなんと言ってましたか?」
「手毬が勝手にあたしのところに行ってて、竹田屋さんはえらく驚いてたねぇ。驚きながらもう一度受け取ってくれたよ。……まぁそこで終われば、単なる悪戯か勘違いで済ませといても良かったんだけどねぇ」
キヌヨは深刻な顔つきになり、ふぅと溜息を吐いた。
何だか、ものすごく厭な予感がした。甲斐と中津川も同様のようで、目つきを鋭くさせている。雪緒は恐る恐る尋ねた。
「まさか手毬が……またこの家に戻ってきたんですか?」
「ああ。今度は三日後さ。朝、また手毬が箱ごと家の前に置いてあった。あたしはまた竹田屋さんに返しに行って……。そんなことが四度、続いたんだよ」
「よ、四度も?!」
雪緒の声は完全に裏返ってしまった。事の異常さが否応なく感じ取れ、背中を冷や汗が駆け抜けていく。
中津川は長い指を顎に添えて、考え込むような顔つきになってしまった。少しは事情を知っている甲斐もここまでは聞いていなかったようで、驚いた顔をしている。
半月で四度。明らかに普通ではない。もはや、執念のようなものさえ感じる。
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