第二の鑑定  戻ってくる手毬 2-3

「手毬にしては大きめで綺麗だし、飾っておくものとしてはすごくいいけど、まぁその程度だね。……で、これには一体、どんな『曰く』があるのかな?」

 中津川は手袋を外して懐に仕舞いながら、キヌヨをじっと見つめた。

 その茶色がかった瞳がきらきらと輝いている。この手の話になると、中津川のやる気がぐんとみなぎってくるのだ。

 キヌヨは、微妙な顔をしながら溜息を吐いた。

「曰く、ねぇ……。まぁ一言で言えば、この毬は『忌々しいもの』でしかないねぇ」

「ほうほう、それは興味深い!」

 中津川の身体がぐっと前に傾く。

 再び「はぁーっ」と溜息を吐いてから、キヌヨはぼそりと呟いた。

「……発端は、旦那の浮気だよ」

 狭い畳の間に、一瞬の静寂が訪れた。

「う、浮気?!」

 沈黙を破ったのは、雪緒の叫びに似た大声だ。

 その途端、キヌヨの口から瀧のように、怒涛の文句が溢れはじめる。

「旦那って言っても、離婚した元旦那なんだけどね。もともと浮気性で、結婚しても何度か火遊びするような男だったのさ。しばらくは我慢してやったけど、半年前に花街の女に手を出して大金を貢いじまってねぇ。これはもう駄目だと思って、別れたんだよ」

「は、はぁ……」

 突然の修羅場を聞かされて、雪緒は何とも言えず曖昧に頷くしかなかった。甲斐も同様に戸惑ったような顔をしている。中津川は相槌を打つことさえ放棄したらしい。持っていた手毬を床に放り出して、閉口してしまった。

「でも、ただ別れるんじゃ腹の虫が収まらないだろ? あたしは一人で生きていかなきゃなんないんだしさ。だから別れる時に家にあった金目のものをいくつか持ち出してやったのさ。この手毬は、その一つだよ」

 キヌヨは床に置かれていた手毬をぴんと弾いた。それはころころと転がり、雪緒の膝にぶつかって止まる。

「浮気した花街の女に貢ごうとしてたのを取り上げたんだ。ま、手切れ金代わりだね」

「そ、そうだったんですか。それは……大変でしたね」

 雪緒は顔が引きつるのを感じながら転がってきた手毬を桐の箱に戻した。先ほどまで綺麗だと思っていたのに、急に色褪せて見える。

 どうやら問題の手毬は、確かに『曰く付き』のようだ。……ただし、別の意味で。

「その手毬を、キヌヨさんは処分したんですよね。でもあくる日、この家に戻ってきてしまった。……今度はその話を聞かせてください」

 気を取り直すように、甲斐が笑顔を作って口を開いた。それだけで室内の空気が幾分和んだように感じる。

 元夫の話をしながらぎりぎりと唇を噛んでいたキヌヨも、笑顔を取り戻して一つ頷いた。

「旦那と別れたあと、あたしは一人でこの深川に越してきたんだ。持ってきたのは取り上げた手切れ金代わりの品と、最低限の身の回りのものと、商売道具の針箱だけさ」

「キヌヨさんは、深川に何か縁があるんですか?」

 爽やかな好青年の質問が、キヌヨをますます笑顔にする。

「そうだよ。実はここの大家があたしの遠縁の人でね。あたしはもう親と死に別れてるから。……女の独り身だと、家を借りる時渋られたりするんだけどねぇ、大家は快く貸してくれた。しかもあたしの身の上を心配してくれて、家賃をまけてくれたんだよ」

「それはいい人ですね!」

 雪緒は思わずぐっと拳を握りしめた。

 家賃を安くしてくれるなんて気前がいい。きっといい人に違いない。毎月諸々の支払いに悩む中津川工房の勘定方としては、あやかりたいと強く思うところだ。

「そうだねぇ、ここの大家は徳のある人さ。この辺の長屋はみんな同じ大家が管理してるんだけど、あたしみたいに訳ありの独り身でも受け入れてくれる。今、あたしの隣に住んでるのも独り身の女なんだ。ちょっと前に越してきたばかりだけどね」

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