第一の鑑定  血の涙を流す少女の肖像 7


「先生は、いつごろ英一さんの計画に気が付いたんですか?」

 神田小川町へと続く道を歩きながら、雪緒は隣にいる中津川に尋ねた。

「薬品が入ってた空き瓶を見つけた時さ。僕はあの瓶を玄関の隅で見つけた。入れられていた屑籠がよし香さんの部屋にあったものだと気が付いて、詳しく見てみたんだ。瓶の中に微かに液体が残っていて、何かの薬だと思った。それですべてのことが分かった」

 山本家には明確な『殺意』が隠されていた。一枚の大きな絵が、それを教えてくれたのだ。

 ゆえに、よし香の命は助かった。しかし……。

「よし香さん、大丈夫かな」

 雪緒はぽつりと呟きながら空を見上げた。山本家から工房へ帰る途中だった。東の方角から朝日が昇ってきている。

 雪緒たちが屋敷を辞する前、英一は警察へ連れていかれた。危険な薬品を手に入れ、娘を殺そうとした罪がどう裁かれるのか、雪緒には良く分からない。

 よし香の祖父や母親は既に亡くなった。父親もいなくなった。

 雪緒たちと別れる前、よし香は華奢な身体が消えてなくなってしまいそうなほど憔悴していた。少し、心配だ。

「よし香さんなら、大丈夫じゃないかな」

 雪緒の呟きは誰かに投げかけたものではなく独り言のようなものだったが、中津川がのんびりとそう返してきた。

「でも、よし香さん、一人になっちゃうし……」

「いいや、一人じゃないさ。山本家にはお梅さんがいる。お梅さんは長いことよし香さんを支えてきた人だろう? きっと心配ないよ」

「……あ、そうか。確かにそうですね!」

 ガーベラの花束を作りながら、お梅と話をしたことを思い出した。

 お梅は雪緒のような子供の意見でも、無視しないでちゃんと聞いてくれる人だ。よし香を大切に思ってくれている。

 お梅が傍にいれば、きっと大丈夫だ。よし香はきっとまた、笑顔で花を手入れする日々を取り戻せる……。

「雪緒くん、雪緒くん」

 微かな、だけど確かな希望に胸を熱くしていると、横から着物の袖をちょいちょいと引っ張られた。

「何ですか? 先生」

「僕、疲れた。もう歩けない」

「えぇ?」

 中津川は今にも倒れそうな足取りで、泣きそうな顔をしていた。舶来物の眼鏡がだらしなくずり落ちている。……情けない。あまりにも情けない。

「もう、しっかりしてください、先生。鑑定結果を話す時はあんなにしゃんとしてたじゃないですか!」

「だって、結局一晩寝なかったんだよ? 疲れるさ。ねぇ雪緒くぅん、人力車使おうよ」

「駄目ですよ。余分なお金はないっていつも言ってるでしょう。ほら、帰りますよ!」

「えぇー、雪緒くんの鬼!」


 明治三十九年、四月。

 帝都の片隅に二つの下駄の音が響く。

 空には薄紅色の桜の花びらが、ひらひらと踊るように舞っていた。



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