第一の鑑定  血の涙を流す少女の肖像 6-1


 中津川に割り当てられた寝室で小一時間ほど休んでいると、胸の苦しさや頭痛はすぐに消えていった。

 雪緒は念のためゆっくりと起き上がり、寝台から足を下ろしてほっと息を吐く。

 部屋には雪緒一人だけだった。中津川は「起きられるようになったら下の応接間まで来るように」とだけ言い残してどこかへ行ってしまった。

 部屋の卓子の上に、雪緒の着物一式とさらしが畳んで置いてあった。休んでいる間に中津川がよし香の部屋から持ってきておいてくれたらしい。

 雪緒は素肌に身に着けていた襦袢を一旦脱ぎ、身体のことを考えて心持ち緩めにさらしを巻き付けた。完全に十三歳の少年に変身してから部屋を出る。

「やあ雪緒くん。みんなお待ちかねだよ。もう身体は大丈夫かい?」

 言われた通り応接間に行くと、部屋のソファにみんなが集合していた。無論、雪緒をここに呼んだ中津川本人もいる。

 雪緒が空いていたソファに腰を下ろすと、英一が痺れを切らしたように口を開いた。

「中津川くん、今は夜中の三時だそ。こんな時間に人を集めて、一体何をするつもりなのだ」

 英一は、洋風の寝間着の上に厚地の寝衣ガウンを着ていた。その隣には、浴衣姿のよし香がいる。

 応接間にいるのは、中津川と雪緒、英一とよし香の四人である。卓子の上にお茶が出ているところを見ると、女中のお梅も起きていて、台所かどこかにいるのだろう。

「実は、例の絵の鑑定結果が出ましたので、お伝えしようかと思いまして」

 中津川はさらりとそう言った。

「何だって?!」

 英一は目を見開いた。

 雪緒も聊か驚いた。どうやら休んでいる間に、中津川は一人で絵の鑑定を進めていたようだ。

「それで、どうなんだ。あの絵はやっぱり『曰く付き』だったのか?!」

 筋肉質な身体を乗り出し、英一が興味深げに中津川を見つめた。中津川は悠然と笑みを浮かべると、ゆっくりと首を横に振った。

「結果から言うと、あの絵はただの古い絵です。曰く付きの品ではありません」

「そんな……嘘だ! あの絵は確かに血の涙を流したじゃないか。さっき中津川くんも見ただろう? 曰く付きの品でないとしたら、あの涙は一体、どういうことなんだ!」

 苛立った声が中津川を非難する。英一は、あの絵が曰く付きの品と鑑定され、お金になると踏んでいたのだろう。

「あの涙は、単なる化学反応ですよ」

 またもやさらりと、中津川は言った。

「化学、反応?!」

「化学反応だと?」

 雪緒と英一が異口同音に鸚鵡返しする。

「そうです。あの絵に使われていた絵の具……恐らく瞳の部分に使われていた緑の顔料でしょうね。それが空気中の瓦斯と結びついて紅く変色し、さらに少し溶けて液化したのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る