第一の鑑定  血の涙を流す少女の肖像 3-5

 英一の目は誤魔化せたが、師匠にはばれていたようだ。しぶしぶ柱の影から出る。

「盗み聞きするなんて、上品なこととは言えないなぁ」

「なっ! 盗み聞きじゃないです! 先生に用事があってここに来たら、たまたま聞こえてきたんですよ!」

「ふーん……。まぁ、入りなさい」

 中津川は部屋の扉を大きく開けて、中を示した。ここはお前の家か! という突っ込みを脇に押しやり、雪緒は部屋に足を踏み入れる。

「……で、用事って何だい? あんまり込み入った話は聞きたくないんだけど」

 中津川は部屋に入るなり、下駄を脱ぎ捨てて寝台ベッドにごろりと横になった。

 相変わらずだらしないなぁと思いながら、雪緒は先ほどお梅から聞いたことを手短にまとめて話した。

「ふむ。英一さんは婿養子か。でもよし香さんとは本当の親子なんだね。……それにしてはあの二人、あまり似てないね。雰囲気とか、身体つきとか」

 ひょいとそんなことを口走った中津川に、雪緒は思わず顔を顰めた。

「は……? 身体つき?」

「うん。英一さんはそんなに背が高くないけど、腕や大腿部にはしっかり筋肉がついていて逞しい。でもよし香さんはものすごく華奢で、胸やお尻が真っ平らだ。全然似てない」

「ちょっ……先生ってばどこ見てるんですか!」

「え? 変なこと言ったかな、僕」

「比べるなら顔でいいでしょう! 人の……女性の身体つきをじろじろ見るなんて、いやらしい!」

「別にじろじろ見てたわけじゃないよ。よし香さんの肉づきが薄いのなんて、一目瞭然じゃないか」

 あなたは一目で女性の身体つきを把握するんですか!

 心の中で大いに突っ込んでおいた。言葉に出してものらりくらりとかわされるだけだ。

「もう報告は終わりかな。だったら僕、ちょっと寝るから」

 欠伸交じりにそう言ったあと、中津川は銀縁の眼鏡をはずして寝台横の台に置いた。これは本格的に寝る体勢だ。

「えぇ? また寝るんですか?」

「だって、さっきは英一さんに途中で起こされたからね。眠くて仕方がない」

 ぼさぼさ頭がふかふかの枕に埋もれる。袴の裾がだらりとめくれあがっているが、本人はまるで気にしていないようだ。雪緒からすると目のやり場に困ってしまう。

「もう。先生はどうして普段からだらしがないんですか! もっとちゃんとしてください。甲斐さんみたいに!」

 溜息を吐きながら袴を直してやると、中津川の肩がぴくっと動いた。

「ああ、そういえば、誉が言ってたことが、ここに来て身に染みたよ」

「え? 甲斐さん? 何か言ってたんですか?」

 雪緒は首を傾げた。

「この屋敷に来る前に、誉に言われてたんだ。英一さんは、近づいてきた男を片っ端から捕まえて、強引によし香さんを娶らせようとする……ってね。誉なんて会うたびに縁談縁談って言い寄られてたみたいだ。僕たちにこの話を持ってきた時、あいつは浮かない顔をしてただろう。英一さんが、僕にもよし香さんとの結婚を迫るのが分かってたから、気が重かったらしい。話を聞いた時は冗談かと思ったけど、まさか本当だとはね……。全く、面倒臭いなぁ」

「ああ、そういうことだったんですね」

 そう言えば、今朝の甲斐はどこか様子がおかしかった。

 英一から熱心によし香を勧められる甲斐の様子が、雪緒の脳裏にありありと浮かんでくる。何といっても、彼は誰もが認める好青年なのだ。

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