第一の鑑定  血の涙を流す少女の肖像 3-4

 英一の声だった。何だか少し、媚を売るような甘ったるさが感じられる。

「どう、と言われても……僕には答えようがありません」

 中津川の、低くて落ち着いた声も聞こえてきた。

「我が山本家は爵位こそないが、いっぱしの財産がある。中津川くん。きみは画家だろう? 潤沢な資金があるのは、悪いことではないと思うがね。条件をのんでくれるなら、広い工房を提供しよう。画材も好きなだけ揃えるといい」

 潤沢な資金、という言葉に、雪緒は息を呑んだ。しかも英一は、中津川にそれらを提供しようとしているらしい。思わず、身体全体に力が入る。

「気乗りしませんね。お断りします」

 しかし中津川は、あっさりとその提案を辞した。声色から、ものすごく厭そうな感じが伝わってくる。

 ちょっと先生! そこは土下座してありがたがるところでしょう!

 と雪緒はいきり立ったが、部屋に踏み込む前に英一の溜息が聞こえてきた。

「……そうか、残念だが仕方がないな。きみなら受け入れてくれると思ったんだが、さすがに無理か。……よし香を嫁にもらってほしいなどということは」

 えええぇぇぇぇっっっっ!

 の「え」だけを口にしたところで、雪緒は慌てて自分の口を手で覆った。

 先生が、よし香さんの嫁?! いや、逆だ、逆。

 もはや、頭の中は衝撃で滅茶苦茶になっている。

「それなら、鑑定の方だけでも頼む。なるべく急いでくれ」

「分かりました。お任せを」

 そうこうしているうちに、がさがさと衣擦れの音がした。部屋から二人が出てくるようだ。雪緒は慌てて柱の陰に身を隠す。

 顔だけ出して様子を窺っていると、やがて扉が開いた。思った通り、部屋から英一と中津川が姿を見せる。

「よし香のことだが、気が変わったらいつでも申し出てくれ。いい娘だと、きみも思うだろう」

 完全に部屋を出る前に、英一は再びよし香の名を口にした。

「……ええ、それはまぁ」

 中津川は曖昧に頷いた。もっとも、この言い方では首を横に振るわけにはいかないだろう。

 英一はそれを見届けると、満足そうに一息ついてから踵を返す。やがて、軽やかな革靴の音が、その場から遠ざかっていった。

 雪緒はそこで肩の力を抜いた。どうやら見つからなかったようだ。だが、ほっとしたのもつかの間。

「雪緒くん。そこにいるね?」

 中津川の鋭い声が飛んできた。

「……うっ」

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