第一の鑑定  血の涙を流す少女の肖像 3-3

 お梅は突然大声を出した雪緒を見て目を丸くする。それではっと我に返った。

「ご、御免なさい。よそのお家のことなのに、ぼく……」

 殆ど初対面の人の前で怒鳴るなど、いくら何でも熱くなりすぎた……。

 雪緒がぺこぺこ頭を下げると、お梅はふんわりと優しい笑顔を浮かべた。

「いいえ、いいのよ。よく考えればあなたの言う通りね。もう時代は変わったわ。結婚は自由にすべきなのかもしれない。私はもうおばあちゃんだから、少し頭が固いのね」

 江戸から明治の御代になり、四十年近くの月日が流れた。昨今では結婚を家同士の繋がりとするのではなく、本人の意思に任せるという風潮が漂っている。

 だが、家系や血筋を重んじる傾向はまだまだ根強い。年配の者ほど特にそうだ。お梅のように人の意見を聞いてくれるだけ、まだましである。

 華族ともなれば、今だに旧時代のあれこれを引きずり、過去の栄光に縋っている者さえいる。そのせいで、雪緒は……。

「旦那さまとお嬢さま、しばらくお二人だけで過ごすのもいいのかもしれないわね」

 思考の海に沈みかけた雪緒を引き上げたのは、お梅のどこか明るい声だった。

「貞之進さまはお亡くなりになったけど、財産は十分残してくださったわ。私もまだ元気ですから、お二人の傍でもっと働き続けたいわねぇ。今の当主の英一さまは婿養子だけれど、この家の跡取りとしてよくやってくださるし」

 言葉の最後で、雪緒は首を傾げた。

「えっ、英一さんて、婿養子なんですか?」

 婿養子ということはつまり、前の当主である貞之進と現当主である英一は、血のつながりが無いということだ。

「あら、聞いていなかったかしら。貞之進さまは男の子に恵まれなくてねぇ。たった一人の娘である菊江さまと、遠縁だった英一さまを添わせたのよ。英一さまはこの家に婿養子に入ってくださってね。でも、奥さまの菊江さま……よし香お嬢さまのお母さまが、数年前にたちの悪い病気に罹ってしまって」

「そうだったんですか……」

「貞之進さまが亡くなったのが二年前で、菊江さまが亡くなったのは去年。……不幸が続いて、旦那さまもお嬢さまもしばらく気落ちしていたけど、最近ようやく笑顔が戻ったわ。このままのんびり、暮らせるといいわね」

 山本家を訪ねた時から、夫人……つまり英一の妻でありよし香の母親に当たる人が不在だということに気付いていたが、その理由が雪緒にもようやく分かった。

 かつては医者や帝大の教授が当主となり、家族が揃っていた山本家だが、今いるのは、英一とよし香、そして年老いた女中のお梅だけだ。そう考えると、何だか物悲しい気分になってくる。

「あら、少し風が出てきたわねぇ。早くお花を切って家に入りましょう。そうそう、お風呂が沸いていますよ。お好きな時にどうぞ」

 お梅の言葉で視線を上げると、四月の夜空に桜の花びらが白く舞っている。

 雪緒は前言通り花を切る手伝いをして、色鮮やかな花束が出来上がったところでお梅と別れた。

 その足で中津川のところへ行くことにした。今聞いた山本家の事情を話しておいた方がいいと思ったのだ。

 中津川があてがわれた部屋は一階の奥にある。雪緒は玄関まで戻り、手にしていた石油灯を消して隅に置いてから、廊下を小走りで駆け抜けた。

「せんせ……」

 部屋の前まで来て扉を叩こうとしたところで、雪緒の足は止まった。扉は既に少し開いており、中から囁くような声がする。

「中津川くん……いい娘でしょう、よし香は。どう思いますか」

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