第4話 二つの死 中編


鍋島は別荘が火災になったとき父親の洋平が火災現場に駆けつけていたと噂になっていたのを思い出す。その為、父親の言動が気になったがそれも貴子が指示を出していたとなると事情が違ってくる。

貴子が拓人を助けるように洋平に伝えていたとしても、DNA検査は拒否している。

「父親の洋平は警察から母親の貴子の説得を頼まれたみたいですが断っています」

今西は話を続ける。

 鍋島は椅子の上で胡坐をかいた。

「母親の貴子はどうしてそこまで検査を拒んだのだろうか」

鍋島が疑問を言う。

「そこまでは警察も掴んでいないようです。ただ、あそこは貴子の意見は絶対ですからね」

今西が言う。

 鍋島はそれでも検査をするように言うことは出来るのではないかと考えた。

それとも洋平は貴子に意見すら言えないのだろうか。

 警察がかなり前から稲田家を監視していたのなら別荘にいた拓人の食事などはどうしていたのだろうかと思った。

「貴子は拓人が死んだと本当に思っているだろうか?」

「難しい質問ですね。貴子は末期のガンだそうで数ヶ月前から市内の病院に入院していたようで葬儀の時は一時退院していたようで、葬儀が終わるとすぐ病院に戻ったみたいです」

今西の説明にますます怪しくなってきた。

「では今、自宅には父親の洋平だけが住んでいるのか?」

鍋島は疑問が膨らんできた。

「通いの家政婦がいるみたいですね」

今西が言う。

「その家政婦も警察に見張られているはずだな」

別荘にいた拓人の食事などは警察に見張られている洋平や家政婦たちには無理ではないかと考えた。

それに隠れていた、拓人自身が買い物に出掛ける危険を冒すはずもない。

「拓人は別荘に潜んでいたんだよな、その時の食事とかはどうしていたのか?」

鍋島はずっと疑問に思っていたことを口にした。

貴子はあれほど溺愛していた拓人を放っておくはずもない。何か裏があるのではないかと疑う。

「そうですね。拓人の行方は火災があるまで警察もわからなかったので、協力者がいないと難しいですね。父親は警察に見張られていましたし、母親は入院していましたから第三者が関与していた可能性がありますね」

今西も腕を組んで言う。

「警察はそのことは何か掴んでいないのか?」

鍋島は今西が何か聞いていないかと思った。

「鑑識の人は何も言っていませんでしたね。今から聞いてみます」

今西はそう言うと電話をかけ始めた。

鍋島は拓人に食事などを持って行った人物が別荘火災の犯人ではないかと思っていた。

しかし、それなら警察が既に調べているはずだ。進展がないということはそんな人物は最初からいなかったか、まだ犯人を特定できていないかのどちらかだ。

それにしても今西の話によると警察はイナダタクトをどう思っているのか?

「鍋島さん、やはり警察では別荘火災は放火の疑いがあってその犯人が拓人の逃走の手助けをしていたのではないかと思っているようです」

今西が鑑識の人から聞いた内容を伝えてきた。それによって鍋島は別の疑惑が出てきた。

「逃走の手助け?」

鍋島が聞き返す。

「どうやら、別荘に行っていた人物がいたようですが、まだ特定できていないようです。それに稲田拓人名義で海外行きの航空券が購入されていたようです」

今西の話に鍋島は新たな疑問が出てきた。

「特定できていないということは容疑者はいるってことか?」

「そうです。その人物は研究所に忍び込んだ人物ではないかと警察は調べているようです」

今西の話に鍋島はまたしても疑問に思う。

「それに拓人が高跳びか?貴子と洋平はそのことを知っていたのか?」

「知らなかったようです。警察が洋平に確認したところ、洋平は驚いていたようですから」

鍋島は拓人の指名手配をかけていなかったのかと考えた。

「研究所の事件で拓人は容疑者のはずだが?」

鍋島が言う。

「警察では拓人が何を盗んだのか特定できていないようです。そして研究所でも発表前の情報なので慎重になっていると言っていました」

今西の説明に鍋島は拓人は何をしようとしていたのかと考える。

「拓人は海外逃亡してどうするつもりだったのか?」

「研究所の交渉に失敗したので海外逃亡しようと思ったんじゃないですか?」

今西が言うと鍋島は疑問を口にする。

「逃亡資金は稲田家からでているんだよな」

「警察がそのあたりを調べているようです。航空券は貴子名義のクレジットカードから支払われていたことまでわかっていますがそれ以外の金銭の動きなないそうです」

やはり、貴子が後ろで洋平を使っていたのか。拓人が死んで逃亡資金はまだ出されていないはずだ。それなら洋平や貴子が話さないかぎり特定は難しいと思う。

「特定できていないと言うことは容疑者がいると言うことか?」

鍋島が聞いた。

「拓人の同級生や貴子の入院している病院関係者数人の名前が上がっているようです」

鍋島は警察の動きがないのが気になった。

病院関係者なら貴子と接点がある。

貴子が病院関係者を使って拓人の世話を頼むこともできるのではないかと思った。

それか洋平が密かに誰かを使い拓人の世話をさせていた可能性も考えてみた。

「なぁ、跡取り息子の拓人が死んで妻の貴子が亡くなったら、稲田家の財産は洋平のものだよな」

「そうですけど、一時期より財産は目減りしているって噂ですよ。現に、さっきまでいた山も元は稲田家の土地だったと串田の爺さんが言っていましたから」

 串田さんは先ほどまで撮影していた山の持ち主だ。この地に何代も前から住んでいる人物でいろいろな事情も精通している。

あの山も本当は元々、串田家の山だったと噂がある。

前当主の時になんらかの事情があり、稲田家の所有になった。

それが拓人の犯罪を隠ぺいする為、串田家に売ったといわれている。

 鍋島が知っているだけでも残っているのは駅周辺の駐車場と一部の土地が残っているくらいだ。

それも殆どが前当主が詐欺まがいに奪った土地だ。

洋平が息子を殺した可能性を考えたが貴子の病気を聞いてそこまでする理由が見当たらなかった。

 今西は夜遅くにカフェインを取りたくないからと言ってホットミルクを注文して、上澄みに張った膜をすすっていた。

 それにしても貴子が検査を拒む理由が気になる。

 貴子は一人息子の拓人を溺愛していた。その死を信じたくなくて検査をするのなら分かるが持ち物だけで息子と決めつけた理由は何だったのか。

「貴子に会うことは出来るのか?」

鍋島は貴子に聞いてみたいと考えた。

「難しいと思います。警察も貴子が葬儀の後、病院に戻ってから一度も会わせてもらえないと言っていましたから」

 今西は唇にミルクの痕をつけて答える。

「その逆はどうだ?」

「逆ですか?貴子はかなりきつい薬を使用しているようで体調に波があるらしいです。そんな状態の人が外出するでしょうか?それに体調が悪い患者を医者も外出許可を出すでしょうか?」

 今西の言葉に鍋島は前のめりになりながら話を続ける。

「そんなに悪いのか?」

今西はおしぼりで口元を拭いて答える。

「余命宣告されているらしいです。余命がどれだけかは聞けませんでしたけど」

鍋島は今西の話に驚く。

「もしも、もしもだ。今日見つかった遺体が稲田拓人だとしたらどうなる?」

鍋島は仮定の話をする。

「それが本当ならこの間の別荘火災で見つかった遺体は誰かってことになります。それも稲田家の跡取りである指輪を持っていたんですよ」

 鍋島はさっきから考えていたことを聞くと今西から指輪のことを言われた。

鍋島は指輪を拓人以外の人物が手に入れられるのかと考える。

それに貴子が息子の身柄をきちんと確認しなかったことと、洋平もそのことに深く触れなかったことが気になっていた。

「別荘火災で死んだのが拓人でなかった場合、あの指輪はどうしたのか?」

鍋島が言うと今西も真剣に考えだした。

「元々、別荘火災の時の遺体は初めから拓人ではなかった」

 鍋島が自分の考えを伝えた。

「本当の拓人は今日見つかった遺体ってことですか?」

今西が聞いてくる。

「それは今後の捜査で分かるはずだ」

「それなら別荘火災の遺体を拓人にした意味が分からないです」

「そこなんだよな。それこそ拓人はどうして死ななければならなかったのか?」

 別荘火災で死んだ人物と今日見つかった人物のどちらが拓人だとしても疑問が残る。

鍋島はさっきから自分の頭の中にある堂々巡りに行き当たる。

「稲田拓人が死んで得する人物は父親の洋平だけだな」

拓人の後始末を引き受けていたのだ。金策も含めて、拓人が犯した犯罪を一手に対応していたのだ。それから解放されて、残り少なくなったとしても、稲田家の財産が手に入るなら洋平としても得だ。

鍋島が言うと今西は違うと言ってきた。

「拓人はこの街の嫌われ者ですよ。アイツが起こした事件は1つや2つではないですよ。そこら中で恨まれていますから」

今西の言葉に鍋島も納得する。

それこそ、共犯者以外でも拓人に恨みを持つ者はこの街にはたくさんいる。

拓人を殺したいくらいに恨んでいる者もいてもおかしくない。

その一人ひとりを調べるには時間がかかる。

もしかして、警察はその一人ひとりを調べているのかと思った。

鍋島は自分が知っている事件だけでも10件は下らない。

鍋島がどうしようかと悩んでいると今西が言ってきた。

「明日にでも警察に聞き込みに行ってみますか」

「そう簡単に教えてくれるとは思えないが」

鍋島が諦めぎみに言う。

 今西はホットミルクを飲み干し、にっこりと笑う。

「鑑識さんに頼んでおきました」

「本当か!」

「内緒ですけどね。その代わり交換条件を出されました」

苦笑いの今西が言う。

「なんだ、その交換条件とは」

 鍋島は変なことじゃないだろうなと身構える。

 鍋島の不安をよそに今西はなぜがご機嫌だった。

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