第3話 二つの死 前編
鍋島がブルーシートに覆われているイナダタクトを見ているとパトカーが到着した。
駆けつけた刑事は顔見知りで警部の吉村と警部補の佐竹だった。
「また貴方たちですか?で、どんな状況で発見されたのですか?」
二人は鍋島を見つけると近づいて来て聞いてきた。
「吉村さん、第一発見者はあちらです」
吉村と佐竹は何の疑いもなく鍋島たちに聞いてくるが鍋島は澤谷を指さし伝えると吉村たちは怪訝な表情を見せながら澤谷のところに行き話を聞いていた。
「どんな感じだ?」
刑事たちが来たことで今西はスマホをしまって鍋島の元へ戻ってきたので鍋島は聞いた。
「出来る限りの写真は撮っておきました。所長はなんて?」
「ニュースになりそうだったら聞いてくるようにだ」
「ニュースですよね。あれが本物か偽物か、どちらでもプンプン臭います」
「今西、お前いつから刑事の真似事が得意になったんだ?」
「つい」
鍋島が冗談交じりに言うと今西は頭を掻きながら苦笑いをしている。しかし、今西の目は真剣だ。視線は遺体を離さない。どうやら今西も興味深々といったところか。
「まずは情報収集だな」
鍋島が所長からの任務を遂行しようとすると、
「それじゃ私は鑑識さんのところへ」
今西は鍋島の言葉を聞いて所長の許可が降りたと考えたのか、嬉々として興味の先を伝えてきた。
「それじゃあ、俺は吉村さんのところへ聞き込みに行ってくる」
「鍋島さん、それ刑事の言葉です」
二人は顔を見合わせて笑った。二人は何度目かの事件遭遇に慣れてしまったのかもしれない。
その後、二人はそれぞれ目的の場所に歩いて行く。
鍋島は途中、振り返ると今西は鑑識に声をかけていた。
鍋島も早速、吉村と佐竹が澤谷に話を聞いているのを側にいて聞いた。
「漁が終わり、漁港に戻る途中、浮いてるのを見つけたんだ」
澤谷が吉村たちに説明している。
澤谷は吉村たちから発見場所を詳しく聞かれると説明の為、海を指差し場所の説明を始めた。
鍋島も澤谷が指差した場所を見た。
この場所は港を挟んで両側の陸地が飛び出ている形状になっている、その片方に飛び出ている陸地の先端付近にホテル星華が建っている場所がある。
澤谷はその近くでイナダタクトが浮いてたという。
鍋島は吉村と佐竹が澤谷に一通り聞き終えて鑑識と今西がいるところへ歩いて行くのを見送った。
鍋島はその後、澤谷から発見時のことを更に詳しく聞いた。
二時間後、鍋島と今西は近くのファミレスに来ていた。
日付が変わって深夜なので人もまばらだ。それでもこれからする会話の内容はあまり聞かれたくないので周囲には人が居ない席を陣取り、鍋島は更に用心して声を潜めた。
これから話す内容はあまり聞かれたくないからだ。
「どうだった?」
鍋島が聞いた。
「鑑識の話だと毒殺の可能性があるそうです。この後、検死すると言っていました」
今西が鑑識から聞いてきた内容を話す。
「毒殺?」
鍋島はイナダタクトを見ていた時、目立った外傷が無かったのを思い出す。
「はい、死体からわかったのですが遺体を見た鑑識が毒殺の可能性を指摘していました。どの毒なのかはまだ判明していません」
「死亡時刻は分かったか?」
鍋島はイナダタクトがいつ亡くなったのか確認した。
「正確な時間は検死の結果と言っていましたが死後2日くらいじゃないかと」
今西が携帯のメモ機能に入れてある情報を見ながら伝えてくる。
鍋島はスマホのスケジュール帳を出した。
「十月二十六日と二十七日に拓人の通夜と告別式があった。ただ、別荘火災はその二日前。今日が十一月三日だから別荘火災があった時は生きていたことになるんだが、澤谷さんが妙なことを言っていた」
鍋島が自分自身にも確認するように言う。
「妙なこと?」
今西が聞いてくる。
「あの死体は港付近で見つかったらしい。それで潮の流れに乗ってきたと思ったらしいが……。それだと遺体の損傷が少なすぎるそうだ。沖は海流が激しいところだから遺体の損傷がもっとないとおかしいのと、沖で落とされていたら漁港の近くまで流れてくることは無いと言っていた」
今度は鍋島が澤谷から聞いたことを伝える。
「確かにきれいでした。服の乱れもないですし」
今西が先ほど撮った写真をタブレットに写しだした。
鍋島はタブレットに写っている写真を見た。
身体の全体から身体の一部分を撮った写真を何枚か見たが確かに損傷はなかった。澤谷の想像が当たっていたことか。
「それと澤谷さんが言うには1時間から2時間くらいの間に海に落とされたのではないかと言っていた」
鍋島が澤谷から聞いた話を伝える。
「どうしてその時間だと言えるのですか?」
今西が聞いてきた。
「澤谷さんが漁に出る時には無かったらしい。それで、漁が終わって帰る時にあったからだと言っていた。澤谷さんが漁に出た時間と一番早くに漁港に戻った漁船の時間を考えてその時間じゃないかとも言っていた」
鍋島が澤谷から聞いた話を伝えた。
「それだと死んだのは別の場所で今日になって海に捨てられた?」
今西が聞いてくる。
「だろうな、二日前に亡くなってすぐに海に落としたら遺体の損傷はもっとあったはずだし今日、港付近には流れ着いていないはずだ」
鍋島が言うと今西がタブレットのカレンダーを見ていた。
「死亡推定日が二日前なら、別荘火災の後ですね」
「その可能性が高い。そうなると今日見つかった遺体は稲田拓人ではない可能性がある」
鍋島もスマホのカレンダーで確認する。
「もっと前の可能性もあるんですよね」
今西が言うが鍋島はあまり前ではないと思った。
「殺害してから遺体をどこに置いてあったのかも考えると腐敗の状況から一日、二日が限界だろう」
鍋島が言うと今西が腕を組んで考え込む。鍋島も頭の中を整理する。
「海に落とされたのは澤谷さんが発見する1、2時間くらい前ですよね。その時間だと先程いた串田さんの山で撮影していた時間です」
今西に言われて、先ほどメモったスケジュール帳を確認する。確かに、山に着いて撮影を始めたころの時間になる。
その時、注文した食事が運ばれてきた。
今西はそっとタブレットを裏返して写真を隠した。
店員が今西の前にパスタとサラダにスープ、鍋島の前にはハンバーグとごはんにサラダを置く。二人とも夕食から時間が経っていることもあり、がっつりした食事を注文していた。
二人は早速、食べ進めながら会話をする。
今西がタブレットを操作して今度は地図を出しある場所を指さした。
「海流からして、もし崖から落とされたとするとホテル星華がある方向です」
今西の声のトーンが落ちた。
鍋島も澤谷からその話を聞いたとき、星華を思い出した。あそこなら人目を避けて海に投げ入れることは出来るのではないかと。
実際、過去に星華の近くの海に落ちた柏木を見つけたのは今日とほぼ同じ場所で澤谷さんが漁の帰りに見つけたと言っていた。
偶然にしては出来すぎている。
確かに柏木の時はニュースで海に落ちた場所や発見された場所などが詳しくやっていたので地元住民は知らない者はいないと思う。
「鍋島さん、稲田拓人はあの研究所の機密情報を盗んだ疑いがありましたよね」
今西が聞いてきた。
「つい最近まで警察は稲田家を監視していたのは確かだ。それに稲田拓人は死んだと思われていたから、あの事件がどうなったか調べたほうがいいな」
あの事件とは菅田の父がいる研究所の機密情報漏洩のことだ。3ヶ月ほど前、稲田拓人は研究所に忍び込み機密情報を持ち出した疑いがあった。
稲田拓人は海に転落して死亡した人物の仲間の一人とされていた。
かなり重要な情報だったらしく、公にはされず極秘捜査が続けられていた矢先、稲田拓人は別荘火災で死亡した。
鍋島は警察が稲田拓人の死を事故死としていたが本当だろうかと疑問に思った。
「別荘で発見された焼死体は本当に稲田拓人だったのか?」
鍋島は疑問を口にする。
「それは調べたほうがいいですね」
今西も疑問に思っているようだ。
「それと先程のイナダタクトがどうやって海に落ちたのか、これも調べたほうがいいな」
鍋島が言う。
「稲田家の周辺も当たってみますか」
今西も言ってきた。
「どちらにしても稲田拓人に恨みを持つ人物が濃厚だな」
鍋島が言うと今西が相当な人数になるんじゃないかと心配した。
鍋島は研究所に忍び込んだのは3人くらいだと噂があるのを思い出す。
もしかして、仲間割れが原因かと思った。
それなら警察も残りの1人も絞り込んでいるのではないかと思った。
今西は少し考えてからもう一度タブレットを操作し始めた。
「そう言えば、今日来ていた鑑識は別荘火災の時もいたそうです。焼死した稲田拓人は顔が焼け爛れていたけど、遺体に身につけていた物で稲田拓人と判明したと言っていました」
「どんなことで稲田拓人だとしたのか?」
鍋島は驚く。
「母親の稲田貴子が焼遺体が身につけていたのは拓人の物だと言い張ったらしいですよ」
今西がタブレットを操作しながら話す。
「なにを身に着けていたんだ?」
鍋島はそんなことで焼死体を稲田拓人と決めることがあるのかと疑問に思った。
「指輪だそうです。稲田家の跡取りだけが身に着けることが出来る指輪だそうで、代々受け継がれているみたいですね」
「稲田拓人は指輪なんかしていたか?」
「これですね」
今西がタブレットを操作して写真を映しだした。
そこには稲田拓人が写っていた。季節は夏だろうか。半袖で胸元が大きく開いたシャツを着ている。今西が胸元を拡大した。首から下げた金のネックレスに太めの金の指輪がついていた。
「この指輪ですね」
今西が見せてくれたのを見て驚く。
「これなら付けているのを見たことがある」
鍋島が言う。
稲田拓人を何度か見かけた。その時にこのネックレスと指輪を見たことを思い出す。確か、前の当主もあの指輪をつけていた。
今西が言っていた跡取りだけが持てる指輪か……。
鍋島はケーブルテレビに就職してすぐ、取材で前当主に会ったことがある。その時に前当主の指にあったのを見たことを思い出した。
ギラギラした強烈な印象の前当主は一代でこの街の大地主になったと聞いている。
その時、鍋島はあの指輪をみて悪趣味だと思った記憶がある。
鍋島は前当主の傲慢さに嫌気がさしてその後の取材は一切受けていない。
所長も前当主のことはよく思っていなかったようでその後、取材は断っていたようだ。
噂ではかなりあくどいこともやって土地を取得してきたようだ。その前当主の一人娘が稲田貴子で貴子と結婚したのが洋平だ。
貴子に見初められて貴子と結婚し婿養子になったと聞いている。
その前当主も拓人が生まれて数年後に亡くなった。しかし、洋平が稲田家を継いだという話は聞いたことがない。それに洋平があの指輪をしているのを見たことがない。婿養子だからだろうか?
鍋島は記憶を探る。
何度か洋平を見かけたことがあった。
洋平が所有している土地の見回りをしている時に見かけた。
洋平は腰の低い人物だった。その記憶を探っても洋平があの指輪を持っているのを見たことがなかった。
今西の話からすると別荘で死んだ稲田拓人も本物か怪しくなってくる
身につけていただけで拓人と判断するのは危険だと思う。
もしも、他の人間があの指輪をしていたらと考えたからだ。
警察はどうしてそれだけの理由で拓人と判断したのだろうか。
若林の言うようにニュースになりそうだ。どうしたものか?
鍋島は悩んでいた。
「あと、警察はDNA検査をしようとしたけど母親の稲田貴子が猛反対したと言っていました」
「反対?」
「母親は指輪が拓人のものだからと検査の一切を受け付けなかったと鑑識の人が言っていました」
澤谷と若林の話だと、稲田拓人の顔は火傷が酷かったと言っていた。
顔の判別が出来なかった可能性もある。それなら尚更、DNA検査をした方が確実なのだがそうはしなかった。
食事を食べ終わって運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ。
鍋島は身につけていた指輪だけで拓人と判断するのは危険だと思った。
それに母親の貴子はどうして焼死体が身につけていた指輪だけで拓人だと言ったのか?
貴子は一人息子の拓人を溺愛していたと聞いている。
それが本当なら息子の死を認めたくなくてしっかり調べるよう言うのではないかと思った。
貴子の行動は矛盾している。
「父親はなんて言っていたか聞いたか?」
鍋島は聞いた。
「洋平は何も言っていないようです。あの家の当主は表向き父親の洋平ですが実際支配しているのは母親の貴子です。洋平は貴子の言いなりだと言われています」
今西が言う。
鍋島は確かにそんな噂を聞いたことがあった。
拓人の悪事の後始末は洋平と稲田家の顧問弁護士がしていたと言われていた。それも全て貴子が指示していると言われていた。
「貴子の指示か……」
鍋島が呟く。
「そうです。研究所の事も貴子に言われて洋平が対応しようとしていたみたいですが研究所からは断られたと聞いています」
今西が言う。
確かに研究所からは被害届が出されていると聞いた。
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