最終話 死
「それにな、どうにも叶わん
「うちには、想い合いよった男がおった。けんど、結局別の男との縁談が親から来て、その男とは別れたがよ。そねえことよ。それが、おんしの親父や」
父親。わたしの父親。凪沙は歯が軋むほど食いしばった。母と自分と幼い千絵を置いて外国人の踊り子とどこかに行ってしまった父親。
「われは、まっこと親父そっくりやのう。女だてらに女を作って逃げるとこまで、一緒とはのう。親父に逃げられ、姉にも逃げられた千絵が不憫や」
凪沙は返す言葉がなかった。藤峯の家も村もどうなったって良い。ただ千絵を悲しませる自分が憎かった。
淑枝は凪沙と
「秋田港で聞いたがよ。一週間前、女二人連れが手に手を取って、航行中のフェリーからおらんなったっちゅう目撃情報があったらしい。警察と消防が懸命に捜索しよったけんど、二人の行方はさっぱり分からんがやと。みんなもう魚の餌になって、見つからんろうと言いよる」
凪沙と
「今思うたら、あれがおんしらやったがかもしれんのう……」
凪沙の声は震えていた。
「それじゃあ……」
「おんしらは心中したがや。親を捨て、妹を捨て、
「母さん……」
そう呟いた凪沙を淑枝は肩越しにひと睨みすると冷たい言葉で言い放った。
「われに母さんと呼ばれる筋合いは、もうないがぜ。われはもう死んだがやき、うちの敷居もまたぐなや。電話もかけてくるな。えいかね? 千絵にも、そねえ言うてきかすき」
「わ、分かった……」
淑枝の重々しくも疲れ切ったかすれ声が、風に乗って凪紗と
「凪沙」
「うん」
「われの気持ちなんか、うちにはどうにも分からんがぜ。けんど、いとさんを幸せにしちゃりよ。なんちゃあ言わん、えいとこのいとさんやき、苦労も多いろうけんど、自分で選んだ道や。かならず、いとさんを守り通しやき」
「分かった……」
「いとさん」
「はい」
「凪沙はなんでも器用にこなすくせに、肝心なところで道を踏み外す意気地なしや。どうか、末永う目ぇ離さんといてくれんか」
「はいっ!」
淑枝は肩越しに寂し気な諦観の眼で二人を一瞥するとそのまますたすた歩いて展望デッキを降りていった。
凪沙と
夜になると、昨日行った「冨久屋」で
帰宅するとドアの郵便受けから何かが投かんされていた。拾ってみると「大事に使え」と淑枝の字で書かれた封筒だった。中には三十万円が入っていた。凪沙は号泣した。
夜は二人で涙を浮かべながらお互いを深く愛おしみ慈しむように求め合い、そのまま抱き合って寝た。
翌日、二人は五稜郭タワーに出かけた。コートに隠れるように手を握って。
タワーの展望台から五稜郭を望む。雪景色の五稜郭を見つめる二人。やがて
「ねえ、私望みが叶っちゃった」
凪沙には言っていることがよく判らなかった。
「ん? 函館に来たこと、でしょ」
凪紗が返答すると
「ううん、函館で死にたいって言ったこと」
「ああ」
なるほど確かに
「私、死んで本当に身も心も楽になった。私死んだんだからもう逃げたりせずに自分で自分の生き方を決めていいのね」
嬉しそうな笑みを浮かべる
「そうだね。死んだ
凪沙は
―了―
【百合】二人の旅、死への旅 永倉圭夏 @Marble98551
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