第三十三話 頼みのお姉さま
(こんなに楽しくない歓迎会って初めてだ。俺の方がもっとマシだった)
新人たちと別れてホッとした。ついでに自分の歓迎会を思い出す。一緒に入ったのは澤田。自分を見てざわめく声を聞き、(やってらんない)と思ったものだ。
(外見がなんだってんだ!)
柿本のことがあってから、自分の容姿はハンデにしか感じていなかった。その頃にやたらと寄って来た面々の顔はほとんど覚えていない。(鬱陶しい)と思ったことと、(めんどくせぇ)と思ったこと。思い出すのはそんなことだ。
『ね、髪すてきね。どこの美容院に行ってるの?』
『大学はどこ?』
『彼女いるの?』
もう今はどこぞに異動した面倒な女性たちに散々あれこれ聞かれ、とうとう華は怒鳴った。
『いい加減にしてくんない? あんたら男見るの初めてなの?』
(そう言えば三途さんとはすぐ仲良くなったよな)
ワインを勧めてくる女性を振り切った直後に話しかけてきたのが三途川だったと思う。三途川の反応は凄かったから強く印象に残った。
「あんた、きれいね!」
「きれいで悪いですか?」
「悪いわよ、私が霞むじゃない?」
そう言ってカラカラと笑ったのだ。
(男前!)
三途川だけが色がついて見えた。他の女性はモノクロだった。
後で気がついた。三途川のそばにいると、なぜか変な女性が寄ってこない。
ある時とうとう聞いた。
『三途さんってさ、同性から嫌われてる?』
『ご挨拶ね! あんたくらいだわ、そんなこと聞いてくんの』
『だって気になるし。虐めでもやってる?』
『そう見える?』
『全然』
『よし、ならいい。見えるって言ってたら引っ叩いてたわ。あのね、後ろ暗いことがある連中は話しかけてこないの』
『獰猛だもんね、三途さん』
『……あんた、喰うわよ』
『ホントにやりそう』
三途川と話すのはいつも楽だ。今でもそれは変わらない。
「何考えてんの?」
普通ならある二次会は今回は無かった。新人は13人もいる。勝手にどこかで盛り上がるだろう。だからそのまま数人で飲みに出た。メンバーは三途川、野瀬、和田、澤田。
「俺の歓迎会の時を思い出そうとしてんの。だめ、イヤな思いした感覚しか覚えてない」
「よく言うよ、女性総なめにしてたくせに。俺なんか男にしか話しかけられなかった」
「あんなバリバリの大阪弁なら当たり前だろ。俺が面倒見るしかないと思ったよ」
「野瀬さんにそう言われても嬉しかないけど」
澤田が不貞腐れた顔をする。
「お前は放っておいても平気だしな。華はナイフみたいで見てる分には良かったけど近づきたくないって思ったな」
和田がビールを飲みながら懐かしそうに言う。
「物騒なこと、にこやかに言わないでよ。とにかく『女って』って思った時に三途さんに出会ってさ、女性観が変わったね。ああ、こういう女性の皮を被った男もいるんだって」
「はい、華の奢り決定ね! ご馳走さま!」
「げ、嘘! 三途さん、素敵! ねぇ、高いワイン頼まないでよ!」
遠慮なく高いワインを注文する三途に慌てる。
「しかし華はモテたよな、その毒舌が普通だってバレるまで」
野瀬も楽しげだ。入社した初っ端に華の毒舌にやられたというのに。
「あそこまで言われるとそれほどショックにならないんだなぁって感心したよ」
「野瀬さん、大物だね」
「おい、三途さんの奢りの肩代わりはしないからな」
「ちぇ」
なんとなく華の話題で盛り上がっている。話には困らない華は、格好の酒の肴だ。
「そう言えばさ、華に一途だった智ちゃん。どうしてるか知ってる?」
「知るわけ無いでしょ。まさか和田さん、追っかけしてないよね」
「まさか! 総務の女の子がお喋りしてたんだよ。あの時異動させられた人事のヤツ、いただろ」
「人事……なんのこと?」
「華、知らないの? あんたの気を惹こうと思って人事情報を掴むためにその男と寝てたのよ」
「はぁぁ? なに、それ。ホントの話?」
「有名だよ、お前こっぴどくやってたからな。人事の情報でもなけりゃお前と話せないと思ったんだろ」
「で、そのお喋りで聞こえたのは、その人事の男と結婚したって話」
「ならいいじゃん。問題無いし」
自分に関わりがなければそれでいい。笠井智美のことは思い出したくもない。
「な、あの噂本当か?」
「『あの』じゃ分かんないけど。澤田の喋り方っていつも要領を得ないよな」
「お前を押し倒そうとしてお前に引っ叩かれたせいで歯を折ったって噂だよ」
「あの女の? 頼まれたって触んないよ、気食悪い」
事実はこうだ。階段を下りていた華の後ろからハイヒールの甲高い音がした。走り下りてきたその女性の手が華の肩に触れてきた。
『華さん、掴まえたぁ!』
触れた手が掴んでくる前に華は避けた。よろけた拍子に智美のヒールが階段に引っかかり、後2段というところで見事に前に転がった。その時に歯が折れたのだ。歯医者に通っていた間、マスクを外さないし喋らないし。
『あんたさ、一生歯医者に通ってろよ』
『ひどーい、私華さん好きなのに』
『前歯の折れてる女なんて、想像するのもヤダね』
「マジ? そんなこと言ったの? 女の子にそれって可哀想そうだろ」
「じゃ、澤田がつき合ってやればよかったじゃん」
「俺の好みは、こう、シックでさ。髪なんか染めたこと無くって……って、俺の話聞けよ!」
澤田を放っておいて野瀬と喋り始める。
「今でも俺の声、嫌いか?」
「嫌い」
「なんでだ? そんなこと言ったの、華が初めてだから分かんないな」
「ウチの両親は二人とも完璧な美を追求するタイプで」
「俺に関係あるか?」
「野瀬さんの声って、不協和音だから」
「なんだ、それ?」
「なんかね、割れて聞こえんの。慣れてきたから今はいいけど、最初の頃は『勘弁!』って本気で思ってた」
「華って希少価値よね。言いたいこと言って仲良くなれるんだから」
「R&Dのみんながおかしいんだよ。人と仲良くなるなんてそれまでほとんど経験無かった」
「あんたも寂しい子」
「冗談。俺は面倒なのは嫌いだし。イヤなヤツって思われてる方が楽だよ。今はマリエがいるから、余計女の子って邪魔」
「あら、じゃ私も離れないと」
「三途さん、女の子?」
「すみませーん、ドンペリください、ジョッキで」
「俺、帰る。ワイン、ジョッキで飲む人と一緒にいたくない」
「逃がさないわよ。あんたが払うんだから」
延々、しょうもないお喋りが続く。
(いい職場だな)
今では華は心からそう思っている。
「おい、明日からどうするんだ、チームのこと」
「どうって……あれで仕事に支障来たすほどこっちは甘ちゃんじゃないし。こき使いますよ、野瀬さんもどんどん連中を使ってよ」
「人を使うのは好きだけどな。ジェイみたいに素直じゃないし気が利かないからな」
「もうアイツを使わないでよね! 俺の仕事で手一杯のはずなんだから」
「甘く見てるな、華は。あいつのキャパは広いぞ」
「だからって使うなっての。あいつになんか頼む時はチーフの俺を通して」
「俺んとこに欲しかったなぁ。中山さんもジェイを物欲しそうに見てたのに」
和田が溜息をつく。
「だめ。俺の相棒だから」
さりげなく立とうとして、華は襟首を三途川に掴まれた。
「帰さないわよ。もう一杯ちょうだい!」
「ホントに勘弁!」
今日は三途川から逃げられそうもない。とうとう華は観念した。
「参ったよ、三途さんには」
「で、華くん払ってきたの?」
「いつもご馳走になってるからさ、最後には俺の方から払うって言った」
「良かった! そういうこともなくっちゃ」
「『たかりだ』って言ったら、『ヤクザがたかって何が悪い』って開き直られちゃって」
「楽しそう!」
「だからマリエ、今月の小遣い……」
「はい、交渉決裂! 残念、華くん。これに懲りて普段から上手にお金使ってね」
「マリエーー、マジ、チーフが金無いってシャレになんないから」
手を合わせて交渉を続けた。最後には真理恵は笑い出していた。
「ごめんね、ちょっと意地悪言ってみたかったの。いくら要る?」
「助かったぁ、3万。あとは頑張るから」
「はい、これ」
「……5万ある」
「会社のおつき合いって何があるか分からないし。お金無いなんてみっともないこと、華くんに言わせたくないよ。何かあったらまた言ってね。華くん、お給料全部くれるんだもん。ね、銀行2つに分けようか。華くんも自分のカードあった方がいいでしょ?」
「要らない。家の金はマリエが管理してくれればいいんだ。俺はマリエのために働いてるんだし。それに仕事は楽しいから何も不満無いよ」
小さい時からずっと華を見て来た。自分にだけは心を開いてくれた華。今でもそれは変わらない。
(こんなに幸せになれるなんて思ってもいなかった……)
結婚してからまだ4ヶ月近く。新婚のはずだがつき合いが長かった分、とっくに新婚気分は味わい尽くしていると思う。すでに熟成していると言っていい。だからこそ、華の変わらぬ愛情が真理恵を包む。
公判は弁護士に任せていいのだと聞いている。新人は仕事が忙しくなれば嫌でも口数も減るだろう。オフィスの中なら自分がいなくても誰かの目がある。あれこれあっても落ち着いてきたと華は思っていた。
「華くーん、携帯鳴ってるー」
「今行く」
庭の雑草を抜いていた。今からしておかないとえらいことになる。庭があるのが嬉しいが、手をかけなければ楽しむことなど出来ない。真理恵は華壇を作りたいのと野菜を植えたいのだと言っている。結婚するまではずっとマンションに住んでいたから庭というもの自体が久しぶりだ。
「あ、切れちゃったよ」
「……ジェイからだ。哲平さんのことかな」
自分からかける前にまたかかってきた。
「ジェイ、哲平さんなら」
『倒れたの!』
「え、何が?」
『れ、課長が!』
「倒れた!? また!? で!?」
『三途さんがすぐ来る、病院に連れてってくれるって』
「救急車は!」
『病院は三途さん家からすぐなんだ』
「そんなこと言ってる暇あんのか?」
『目は覚めたんだ、一度。今また眠ってるの』
「そうか……ちょっとホッとしたよ。じゃ三途さんがすぐに来るんだな?」
『うん……』
「お前がいる時で良かったよ! 誰も気づかなかったら大変なことになってた、きっと」
『……うん、うん……』
「ほら、泣くな。それよりそばから離れるなよ。もし血でも吐いたら三途さん待たずに救急車呼ぶんだ。いいな?」
『うん……分かった』
「俺が行った方がいいか?」
『……大丈夫、三途さんが来るから』
「何かあったらいつでもかけてこい。もう携帯ずっと離さないでおくから」
『ありがとう』
「ジェイ、意地でも頑張ってる顔しておけよ。課長を不安にさせるな」
『うん!』
「どうしたの!?」
電話中に華の血相が変わったのを見ている。
「救急車って?」
「課長が倒れたんだ。ずっと無理してたし。胃潰瘍だって分かってたんだからすぐに俺たちで病院に突っ込めばよかったんだ」
後悔が生まれる。苦しいのを苦しいと言わないのが河野課長だ。結局ここまで自分たちが追い込んでしまった。
「ちょっと幾つか電話する」
「はい」
池沢に電話するともう知っていた。
『さっき三途から課長のところに向かっていると電話があったんだ。嫌だと言ってもカジさんたちと担いで行くって』
「カジさんたち? じゃ、逃げらんないですね」
それも安心だ。体力も無いだろうから、三途川一家の屈強な連中に抵抗できるわけが無い。
「ジェイも心配なんです。去年の課長が足折った時も崩れたし」
『俺たちでフォローしよう。今トラブルを起こすとしたら新人だ。俺もしっかり目を光らせておく。華も頼むな』
「もちろんです。チーフたちに連絡入れとこうと思うんですが」
『俺がする』
「了解です」
「後は池沢チーフが手配してくれるって」
「心配だね、課長もジェイくんも」
「大丈夫、俺がいるから」
「夕べ言ってた新人の子は?」
「それも。何かあれば俺がなんとかする」
課長の手術が終わった後、ジェイは連絡をくれた。
「良かったな、それで済んで」
『お医者さんは厳しいこと言ってた。危なかったって』
「じゃ、心配かけないように仕事頑張ろう」
『そうする。俺、ずい分課長に心配かけてるし』
「……でもな、課長はお前の面倒見んの当たり前って顔してたぞ。お前を見る目はちょっと違う」
『え!?』
「自分で育ててるって実感があるんだろうな、俺たちと違って。だからこういう時、ちゃんと課長の世話をしろよ」
『ありがとう! 華さん、哲平さんがいなくなっても俺にはちゃんとお兄さんがいるって、そう思えるよ』
「そ、そうか?」
電話の向こうとこっちなのに、華は照れた顔を見せたくないと思った。こんな風に正面切って言われるとやはり気恥ずかしさがある。
「じゃ、月曜にな。課長を頼むぞ」
『はい!』
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