第三十二話 チーフとして、友として -1
4月から華は正式にチーフとなった。メンバーはジェイを筆頭に新人3人。頼りになるのはジェイだけだが、ここに至るまで2人でやってきた。今さら業務で困るとも思っていない。さらに華にはここまで培ってきた経験がある。
(困んのは新人の扱いだよな、きっと)
簡単な自己紹介、スケジュールの確認。質問があるなら受けると言った池沢に、一発目が来た。石尾だ。
「研修担当の方って確定ですか?」
「そうだ」
「他の方を見るとベテランの先輩ばかりのようですが、どうして僕らのチームでは入って間もない方が研修担当なんですか?」
全体ミーティングの場で早速ジェイのことに突っかかってくる石尾。チーフに聞けと相手にされず、面白くない顔をしている。
この後社長訓示があるとのことで、新人は休憩に4階に行った。
「俺、信用無いね。やっぱり頼りないよね」
華はなるべく穏やかに話そうと煮えたぎる怒りを宥める。
「俺たちは人選を誤ってない。自信を持てよ。あいつはクセはあるけど優秀だ。お前の大学の後輩だしね」
(俺はチーフだ。今日が始まりなんだ、上に立つものとしての目で見ていくんだ)
自分にかけられた『チーフ』という名の鎖。
野瀬がジェイに声をかける。
「新人なんてあんなもんだ。な、ジェイ」
「俺、生意気でしたよね」
(笑ってる……同じチームで、お前のチーフで良かったよ。一緒に頑張ってやっていこうな)
野瀬の言葉が続く。
「今度はお前が手こずる番だ」
「頑張ります。でも俺、新人に怒られちゃいそうな気がする」
池沢と目を合わせて華は笑った。休憩から帰って来た新人たちは池沢に連れられて社長訓示を受けに行った。
「ジェイ、課長にってマリエの作った弁当、冷蔵庫に入れてある。それからこれ」
料理の本を渡すとジェイの顔がパッと明るい顔になる。
「病人食の本!」
「勉強して課長の腹あれ以上壊すな」
「頑張る!」
ちょっと課長に悪いなと思う。
(課長が具合悪いからジェイが張り切ってる。それに課長は鬼だし。きっとすぐに治るよな)
ジェイが石尾や新人に対する接し方や方針を聞いてきた。
「方針って、お前流にやれよ。育てんのお前だしさ、俺が働きやすいチームに仕上げてくれ」
「え? 俺に丸投げするの?」
「とっくに投げてるよ」
「ひどいよ!」
昼休み。ジェイは課長にひっついている。仕方なく新人を食事に連れて行った。
「今日は俺の奢り。けど次からは割り勘だ」
「わ、何食べてもいいんですか!?」
「良識の範囲内なら」
みんなの好みも聞かずに近くのイタリアンに連れて行った。イタリアンは注文してから出てくるのが早い。こういう連中と一緒に食事をするのは苦手だ。
またもや石尾が聞いてきた。
「チーフって、ずっと『チーフ』をしてきたんですか?」
「4月からだよ」
「4月から……」
「おい、聞きたいことや言いたいことがあったら正面から言え。持って回った言い方は俺は嫌いだ」
「見た目、優し気なのに怖そう……」
七生をじろりと見た。
「俺は見た目で仕事やってるわけじゃない。俺を優しいと思っているもの好きはオフィスにはジェイくらいしかいない」
「どうしてあの人と仲がいいんですか?」
「プライベートを話す趣味は無いんだ」
「普段から仲がいいってことですか?」
石尾が突っ込んでくる。
「プライベートな質問には答える気は無い。耳が悪いのか?」
その後は気まずい沈黙が漂う。
(知るか! ご機嫌取りがチーフの仕事だってんならお断りだ!)
華は黙々と食べた。とうとう石尾がまた口を開く。
「チーフは入社したばかりの人間に冷た過ぎませんか? チームって言うからもっとチームワークを大事にするかと思ってました」
「お前さ、自分の売り言ってみろよ」
「売り……ですか?」
「無いのか?」
「チーフや先輩たちの仕事を見倣って、将来を考えてしっかり仕事を覚えようと思ってます」
「ふぅん」
「ふぅんって、入ったばかりだし」
「その程度の覚悟なら甘ちゃんだな。よくここに入れたな」
華が立とうとするのを制するように石尾の言葉が荒くなった。
「じゃ、あの人には売りがあったんですか?」
「あの人って、ジェロームか? あいつは肝が据わってたよ。そんなことを聞かれるまでもないくらいにな。あいつが仕事のことで文句言われているのを聞いたことが無い」
(めんどくせぇ!!)
朝の決意が早くも脆くなりそうだ。
見通しが厳しいと思う。入社当時のジェイなら華より手厳しかったかもしれない。だが今のジェイでも充分に新人を任せられるはずだ。そう華は信じたい。
石尾は思っていた。
(若い課長に若いチーフ。研修担当は頼りないたった一つ上のボーッとしたヤツ。営業にでも行けば良かった)
午後は仕事の説明をする。石尾はずっと敵意丸出しだ。
(どうせ嫌でも仕事の厳しさを知ることになるんだ)
石尾が(こんなチームで大丈夫だろうか)と心配になっているように、(こんな連中でやっていけんのかな)と華は危ぶんでいた。
ふと時計を見てジェイに声をかけた。
「ごめん、ジェイ。4時だ」
「ホントだ! 今日は早かったね、時間過ぎるの」
「バタバタしてたからな」
「うん。じゃ」
「お疲れ!」
冷蔵庫から何かを出してソファに座って食べ始めるジェイに新人が呆気に取られている。
「なんですか、あれ……」
早速、石尾が噛みついてきた。
「あいつの就業時間は4時までだ。人事と話もついている」
「4時以降はどうするんですか、チーフが不在の時とか!」
「課長補佐がいるだろ。あいつは自分から仕事を上がらないから気をつけてやってくれ」
石尾がケンカ腰になっているのが分かる。
(ま、頑張って喧嘩してみてくれ。あいつは仕事になったら変わるぞ)
「具合悪いって言うんなら帰しちゃえばいいじゃないですか! あんなとこで寝転がってられちゃ見てる方が……」
「黙れ。あいつは課長預かりだ。4時以降のジェイに口を出すな」
あれこれ説明してやるほどジェイの人生は軽くない。華の頭はすでに仕事に切り替わっていた。
「七生、これをコピーして開発に見せて来い。質問や意見が出たらまとめて持ってきてくれ。翔、三途さんのところに行って資料はまだかって言ってきて。三途さんって、あそこにいる偉そうな女の人。甘く見ると痛い目に遭うからな、気をつけて喋れ。石尾、今データを送る。それをグラフにしてくれ。そのくらいなら出来るだろう? 七生、ちょっと待て。メールを3つ転送しておく。戻ったら添付データの計算式のチェックをしてくれ」
(今日来たばっかりだけど)
石尾はそう思って周りを見回した。驚くことにみんな当たり前のようにこき使われている。
ちょっと強面っぽい人が怒鳴っている。
「新人! お前らそれなりの勉強してきてるんだろう! この会社に受かっておいてお客さんでいようなんて甘ったるいことは考えるなよ!」
「野瀬さん、怒鳴んないで。気が散るから」
どう見ても自分たちのチーフの方が下に見えるが、野瀬と呼ばれた人は怒鳴るのを止めた。
「あの人は……?」
翔が恐る恐る聞く。
「開発・構築の野瀬チーフ。俺、あの人の声嫌いなんだ」
「そんなこと言っていいんですか?」
ちょうどさっき『三途』と呼ばれた人がそばに来た。
「陰口じゃないし。華は入社当日にそれを本人に言ったんだから」
「だって嫌いだもん」
「あんたたち、大変ね。オフィス一の毒舌だから気をつけなさいよ」
「影の課長に言われたくない」
「うるさい。資料持ってきてやったわよ。貰ったばかりだから手をつけてない。よろしくね」
「データに起こしてないってこと?」
「明日ジェイにでもやってもらえば?」
「急いでるんだよ、今しかこれに割く時間ないんだから」
「ご愁傷さま。じゃ、自分でやんなさい」
「ペーパーなんかの資料使ってるんですか?」
「PDFで送ってきたもんは取り敢えずファイリングする。資料が多いから一々フォルダに入れてるとどこに行ったかわかんなくなるからな。俺は画面切り替えて打つよりこの方が楽なんだ。打てばいいだけだし」
喋りながら資料だけを見てキーボードを叩いている。
「資料とデータをチェックしましょうか?」
石尾が口を出す。使える新人と思われたい。途端にじろっと睨む。
「誰に言ってんの? それよりグラフ、出来上がった?」
「あ、」
「自分の仕事やれよ」
「はい」
(課長に負担かけないようにまとめていかないと」
華にはその思いもある。並行して、先週野瀬に突っ返されたデータも修正していく。電話に出て、他のチームから飛んでくる要求に応じながら他のチーフと打ち合わせもする。
(しまった! これジェイに言われてたのに)
「クソッ!」
パソコンを叩きながらの華の吐いた言葉に思わず翔が聞いた。
「どうしたんです? チーフ」
「ジェイに言われたことを忘れてた。いいや、明日やってもらおう」
石尾はいつの間にか華の仕事ぶりに目を奪われていた。
「いつもこんなに忙しいんですか?」
「忙しい? ……ああ、俺のこと? もう一つ教えとく。ここで一番仕事が早いのは課長だ。俺なんか足元にも及ばない。こんなんで驚くなよ。ぼやぼやしてるとケツを蹴り飛ばされるからな、その前にやっとくんだ」
5時。課長がジェイを起こしていた。
「ほら、ジェイ。時間だ、起きろ」
「んー あれ? 課長もう帰れるの?」
「ああ、帰る。残業みんながさせてくれないから」
「本当!? みんな、ありがとう! じゃ、帰るね!」
華も石尾たちに呼びかけた。
「おい、新人。お前たちも帰っていいぞ」
「チーフ、あの人、誰にでもタメ語なんですか?」
入社して1年の社員の言葉に聞こえなかったからだろう。
(ああ、課長に言った言葉か)
「そのうち分かるよ。あいつは別格だ」
新人が帰った。
「どうだ、華。新人を扱う気分は」
池沢だ。入社してからずっと自分の面倒を見てくれたことを考えると感慨深い。
「俺、向いてないような気がしてます」
「初日から泣き言か?」
「じゃなくって。仕事を任せるって大変だと思って。イライラしてくる。自分でやった方がマシ」
「それじゃだめなんだ、人を育てるってデリケートな仕事なんだぞ」
「俺もデリケートに扱ったんですか?」
「お前を? 初日っからガン飛ばしてたお前にはそんな気の遣い方はせずに済んだよ。そういう意味じゃお前は楽だったのかもしれない」
「すごい言い方!」
「そうだな……哲平にも気を遣わずに済んだな。俺が一番気を遣ったのは三途だよ」
「あ、それ分かる」
「華! くっちゃべってんじゃないわよ! 田中さんからメールが来てる、次の仕事決まったって。ジェイがいなくてもメールチェックしなさい」
「営業、飛ばし過ぎなんじゃないの?」
「坂崎課長がいるからね。ウチの課長をお喋りにしたような人」
三途のボヤキに周りが笑う。
(本当に忙しくなってきた。早く新人に仕事させないと)
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