第二十八話 花見
「これ全部一つの公園?」
びっくりして、背伸びして見回している。風が少し冷たいから厚着をさせて良かったと思い、本当に小さな弟を心配しているような自分に気づいた。
(兄貴ってこういう感じなのかなぁ)
どこかくすぐったい気分になる。
「な、言っとくけど夜は恋人と来いよ。勿体ないって、俺たちとじゃ」
僅かに頷いたジェイに(あれっ?)と思った。
花びらを浴びて踊るように前を歩くジェイを周りの何人もの女の子たちが振り返った。
(お前って人目を惹くよな)
哲平も同じ危機感を持ったらしい。ジェイの肩を掴んで自分に引き寄せた。後ろからそれを見て別のことを思ってしまった。
(それじゃ哲平さんの彼女に見えちゃうじゃん!)
さっきジェイに見入っていた女の子の顔が一瞬で険しくなった。
(まぁいっか。強力な虫除けだな)
哲平は漢ぶりはいいのだが、収まりきらない何かを感じさせる。
(オーラ、ホントにあるかも? でも何のオーラか分かんないけど)
ピンク色に花びらで染まっている池を見ながらジェイの手がポケットに入った。小さな写真を池に向けているのが分かる。堪らなくなって空を見上げた。雲がぼやけて見える。
(母さん……元気でいてくれてありがとう)
今の自分ならどんなことでも素直に言えそうだ。
「さ、せっかく来たんだからボートに乗るぞ!」
「ボート!?」
「ああ、あそこ見えるだろ? あそこから……」
「おい、待て!!」
ジェイの足が速くなり、その目的が華にはすぐに分かった。
「哲平さん、ヤバイ! あいつ白鳥のヤツに乗る気だ!」
「んな、バカな。男だぞ、大人の」
「見くびっちゃダメ、あいつの『ガキ度』、半端ないんだから!」
ジェイは今や走り出していた。半信半疑で追いかけた哲平は、ジェイを捉まえて頭を抱え始めた。
「あれ、家族で」
「兄弟だし!」
「いや、俺たちデカいし」
「大きいよ、3人乗れるよ!」
華も必死になった。
「ジェイ、俺を見ろ、いいから俺の顔!」
やっとジェイが振り返った。
「どうしたの? 華さん」
その顔いっぱいに、まるで『乗るんだ、あれに!』とでも書いてあるみたいだ。
「あれな、カップルで乗るもんなんだ。3人じゃ無理だって」
「えぇ、だめなの?」
「だって俺たちカップルじゃないだろ?」
考え込む顔になる。ここぞとばかりに哲平と力説した。
「な、自分たちで漕ぐのって、うんと楽しいんだぞ」
「お前も漕いでみたいだろ?」
「俺、漕いでもいいの!?」
「いいよ。疲れたら交代して漕げばいいから」
「うん、漕ぎたい!」
やっとスワンボートの危機を脱して哲平と顔を見合わせ苦笑いした。
初めてだから仕方ないが、ボートは真っ直ぐ進まなかった。それをあれこれ二人で教える。弟に何かを教える。その思いが二人の中で弾けている。負けず嫌いな面も持つジェイはなかなかオールを手離さなかったが、とうとう音を上げた。
「ほら、真ん中に行け。俺たちのを見てろ」
始めは二人の漕ぎ方を熱心に見ていたが、その内周りに気を取られ始めた。無理もない、今日はいい日和でちょっとくすんだ青空の下、少しの風に花びらが舞っている。いつの間にか華と哲平ものんびりとボートを漕いでいた。
のどかだ……哲平の言った通り、客足はどこかでやっているイベントの方へと向いているらしい。お蔭で煩わしい喧騒も無い。
「華さん………」
「なんだ?」
「ずっとこうしていたいね」
「俺たちに漕がせてか?」
哲平の言葉に素直に頷く。
「俺、末っ子だし。可愛がってくれるって言ったし。眠い」
脈絡のない言葉を残して本当に眠ってしまった。
「おいおい、全くこいつはぁ!」
「いいんじゃないですか? それだけ俺たちの前で気を許せるようになったってことでしょ?」
「うぅん………ひねくれもんと、天然の弟か」
(それをまとめて掴んで突っ走る哲平兄貴か。バランスとしてはいいかもね)
本当に今日の華は素直だ。
やっと起きたジェイに漕がせてみると見ていた成果が出ていた。あれこれアドバイスを受けて上達していく様を見て目を細めている哲平は確かに長男坊だ。
いい疲れを感じながら帰りは華が運転した。
「たまには男だけってのもいいな」
「千枝さんには俺たち3人だけだったってちゃんと報告しとくから」
「やめろよ、華! 千枝は焼きもち妬きなんだから」
「え? もう何回か妬かれるようなことしちゃったんですか?」
「こら、恋のいろはも知らんやつにあれこれ言われたくない」
ジェイが頭を抑えている。
「痛いよ、哲平さん!」
「長男は敬え」
「あれ? そう言えばさ、ジェイ、本当に彼女と別れちゃったのか? きれいな子だったんだろ?」
自分の言葉に急におどおどし始めたのを見て(しまった!)と思った。華は急いでフォローを入れた。
「悪い、いろいろあったもんな。それどころじゃなくなっちゃったんだよな。思い出させちゃったか?」
「いえ、大丈夫……」
「出会いのきっかけはなんだったんだ? 歓迎会より後の話だよな」
「哲平さん! そっとしといてやろうよ」
一瞬静かになったが、それで終わる哲平ではない。
「お前さ、やっぱ恋しろよ。彼女がいるっていいもんだよ。たまにやり切れない時なんか無条件で安心出来るんだ。好みってどんな子なんだ? 聞かせろよ」
「え? 好み……ストレートの髪で……」
「ん? それ前の子と一緒だな。お前ストレートに弱いのか?」
「や、あの、背は低くなくて……」
「それも同じ?」
「目、目は切れ長で」
前に言っていたことほとんど違わない気がする。
「要するにいつも同じタイプを好きになるのか?」
「そ、そうかもしれない」
「なんだ、その条件なら誰でもいいってこと?」
「誰でもって、華さん、俺そんなこと言ってない!」
「性格とかは?」
哲平がどんどん突っ込む。
「……はっきりしてる人」
「それから?」
「いろいろ決めてくれる人」
「じゃ、年上だな! 確かにお前には年上が良さそうだ。で?」
「ええ、まだ言うんですか?」
「会社で言えば誰みたいな感じ?」
「三途さん……」
「おま……三途さんか? 三途さん、タイプなの?」
哲平のけたたましい笑い声が車内に響いた。華もつい笑ってしまう。
(三途さんと腕を組んで井の頭公園で桜見ながらスワンボート……)
思い描くと、それだけで涙が出そうに可笑しい。
「ま、確かにはっきりしてるしリードしてくれるからね。そうかぁ。ジェイは三途さんに憧れてたのかぁ」
(思い出した! 去年のゴールデンウィークの後、こいつ山から帰った三途さんのこと追っかけて見てたよな! マジかよー)
「ま、すぐ次のいい彼女が出来るさ」
哲平は笑い過ぎたと思ったらしい。そう言って覗き込んだ時にはジェイはもう眠っていた。
哲平の声の調子が変わった。
「こいつ……こんなにすぐ眠っちゃうのか?」
「会社じゃ4時だね。そこまでは信じらんないくらい仕事きっちりやるよ。でも体力も気持ちも尽きちゃうらしくって」
「なんかなぁ……こいつが不憫でさ……お袋さんのために頑張ってきたのに先に死なれちゃってさ…あんなにいろんな目に遭って…もう幸せになってもいいって思わないか?」
何度そう思っただろう、もう幸せになってもいいじゃないか! と。哲平も同じことを思っているのだ。
「哲平さん……俺、ジェイに言ったんだ、幸せのタイミングってのが必ずあるんだって。けどこいつにはホントに来るのかなって……今はそんなこと考えちゃうよ」
マンションはもうすぐ。きっとはしゃいだ分疲れたのだろう。賑やかな哲平も自分の上着をジェイにかけて後は静かに座っていた。
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