第二十六話 お誕生日会 -4

 玄関を出て顔を見合わせて、にやっと二人で悪徳代官のような顔をする。ノックをするとすぐに井上が開けてくれた。

「お帰りなさい! どうだった?」

「大変だったよ、はしゃいじゃってさ! もう子ども連れてったみたいだった!」

「すごく喜んでました。ホントに楽しんでましたよ」

「なんだか目に浮かぶ」

 広岡も嬉しそうな顔だ。

「ケーキもあるし、料理も終わってる。あんたたちはここにいて。私たちが迎えに行ってくるから」

「驚くだろうなぁ、さっきまで寝てたからまだ寝惚けてるかもしれない」


 みんなが出て行った後、華は大の字になって寝転がった。体を「ん!」と伸ばす。

「ずっと運転してたし疲れちゃったでしょ」

「お前もな。みんなすぐ戻ってくるからちょっと横になれよ。体伸ばすと楽になるぞ」

 すぐに真理恵も横になってみる。

「んんっ! わぁ、ホントだ、気持ちいい!」

「今夜は早めに寝ような。明日、のんびりしよう」

「はい!」

「それにしてもすごいことになってるな! いつも片付いててさ、すっごくシンプルなんだけど」

 天井にはたくさんの風船が浮かんでいる。折り紙のチェーンがぶらさがっていて、ところ狭しと飾られた部屋はまるで学芸会でも始まりそうな感じだ。壁にはホワイトボードに使うような大きなポストイットが貼ってあって、[Happy Birthday Jeyrome]とバカでかく書いてある。

「これ、会社のだよー。……この字、中山さんだ……」

 華は驚いた。中山はこんなことをするタイプじゃない。

「へぇ……びっくり!」

「あ、来たよ、みんなの声!」

 起き上がってドアが開くのを待った。


「なに? なんなの? 押さないでってば! あれ? 華さんと真理恵さん……え? なに、俺の部屋、なに? どうしたの?」

 訳が分からずにいるジェロームを三途川が座らせた。澤田がすかさず飲み物を出してきくる。

「これ……」

 呆気に取られて天井を見ているジェローム。

「ほら、持って。今日はアルコール無し。ジェロームはサイダーね。乾杯したら好きなもの、飲んでね」

 千枝に押しつけられたコップを手に、呆然としているジェイにみんながカチンとグラスを鳴らしてくれる。

「誕生日、おめでとう!!!!」

 口元まで持って行ったグラスが宙に浮かんだ。ジェロームが固まってしまったからだ。

「……俺……の……誕生日……?」

「そうだよ、お前のだ。ごめん、いきなりで迷惑だったかな……」

 広岡が優しい声でジェロームに言う。

「広岡さん……ホントに……ホントに俺の……?」

「ジェローム、いきなりで驚いたよね、でも私たちサプライズしたかったの。ごめんね」

 千枝と井上の説明を聞きながら、もはやジェロームは言葉が出ずにわぁわぁと泣き出してしまった。

「ジェローム、嬉しくて泣いてるんだよな」

 そう言う池沢に抱きついて泣きじゃくる姿にみんながほろっと来る。

「みんなね、あんたをお祝いしたくて来たの。今日来れなかった人たちもおめでとうって伝えてほしいって。良かったね」

「泣くなよー、どうしていいか分かんないよ」

 こういう空気が苦手な浜田がボヤいた。課長に「お前が主役なんだぞ」と言われてやっとジェロームは落ち着き始めた。

「みん……な、本当に、本当にありがとう……俺、誕生会なんて……自分の誕生会だなんて初めてで……ありがとう、嬉しい、ありがとう……」


「片付けは浜田が是非やりたいって言うから心配するなよ」

「わ! 柏木さん、俺そんなこと言ってない!」

 わいわいと盛り上がるムードにジェロームも涙で濡れたまま笑顔が出始めた。

 ハッと華と真理恵を振り返った。

「マザー牧場……あれも?」

「うん、気にすんな、みんなと割り勘だから。楽しかったよな、今度みんなで行こう」

「俺……どうしていいか……」

「嬉しかったら笑ってりゃいいんだ。もうお前は俺たちの家族みたいなもんだろ?」

 池沢がジェロームの肩を叩く。

「その代わり、プレゼントは無しだ。使うかどうか分からない物もらっても困るだろうからな」

「うん。うん」

 広岡の言葉に何度も頷いた。


 改めて乾杯をして、出てきた料理をみんなで食べて喋って笑った。

「参ったよー、ジェロームさ、走り回るしトマト狩りでも叫びっ放しなんだ。子どもが驚いて見てるからさ、俺、返事しにくくって」

「7歳くらいの男の子に真面目に注意してたの、面白かったよね!」

「ダチョウを見た時なんか、ビデオに撮りたいくらいだった!」

「俺、そんなに騒いでないよ!」

 ジェロームの抗議は通らない。みんなその様子が思い浮かぶらしい。

「課長の方が嬉しそうですね」

 千枝にそう言われて、にこにこ聞いていた課長の顔が引き締まった。

「誰かディズニーランドでも連れてったら? 課長、どうですか?」

 三途川の提案にみんなが賛同する。

「そうだ、それいい!」

「課長、ジェロームとミッキーに挟まれて写真撮ってもらえば?」

 そんな、無責任な言葉まで飛び出す。

「ディズニー!?」

 途端にジェロームの目がキラキラとし始めた。

(あ! 食いついた顔だ! 課長、気の毒に)

 今日、何回この顔を見たことか。

 結局井上が自分も行きたいと言い出し、みんなで行こうかという話になった。


 三途川の目配せで千枝が立つ。マッチ特有の匂いが漂う。部屋の明かりが一斉に消えた。

「ハッピバースデイ トゥユー」

 メロディーラインの不安定な歌が流れだす。蝋燭がたっぷり点いたケーキが運ばれてきた。

「蝋燭ね、迷って23本にしたの。いっぺんに消さなきゃだめよ。ちゃんと願い事しながらね」

 井上の言葉に、また涙が流れているジェロームはちょっと目を閉じてからきれいに吹き消した。みんなの拍手の中で明かりが点く。

 大きく切ってもらったケーキを美味しそうに頬張るのを、華は呆れて見ていた。

(お前、絶対に太るぞ!)

 真理恵にも小声で言う。

「ジェロームさ、ぶくぶく太るかもしれないな」

 ぷっと真理恵が吹き出した。

「私も今、そう思ってたの。今日一日でこんなに甘いもの食べるなんて、女の子でも無理だと思うよ」

 その言葉で課長が言っていたことを思い出した。

『デザートを食べたことが無いんだ』

(そうか……今日だけは小言を言わないでおくよ)


 みんなで片づけをして、気がつけば10時近かった。

「ゆっくり寝ろよ」

「明日は日曜だからのんびりしてね」

「お土産、ありがとうね! 父さんたちも喜ぶわ。でもきっと若いのがほとんど食べちゃうだろうけど」

「俺たちも楽しかったよ!」

 てんでにそんな挨拶をして、まだ礼を言い続けようとするジェロームに別れを告げた。また泣かれても困る。


 外に出ると、意外と空気が冷たい。

「華、真理恵さん。お疲れ様! あんたたちが一番大変だったわね」

「今度ジェロームをどこかに連れてくなら広岡さんどうです?」

 広岡がめったにそういう外出をしないのを華は知っている。でもジェロームを可愛がっているから二人でなら出かける気になるかもしれない。

「そうだなぁ、考えてみようかな」

(やった! 二人まとめていい効果が出るぞ!)

もう華の中では決定事項になっている。

「じゃ、またね」

「月曜、遅刻するなよ」

「真理恵さん、ゆっくり寝てね。華にマッサージしてもらいなさい」


 車に乗ってシートベルトをつけながら華がぶつぶつ言う。

「三途さん、勝手なことばっか!」

「みんないい人たちだね! 華くん、幸せだよ。いい人たちに囲まれてるんだもん」

(そう言えば仕事辞めてから元気が無いよな……)

「帰ったらホントにマッサージしてやるよ」

「え、いいよ! 華くんの方が疲れてるよ」

「マリエの疲れた顔って、俺には分かりやすいの! 今日はありがとう、お蔭でジェロームもあんなに喜んでくれた。何回もマリエに助けられたよ」

 真理恵の声が止まったから華はスピードを落として顔を覗いた。脇に寄せてブレーキを踏む。

「どうした? 泣いてるの? なんで?」

「……今日ね……幸せだなぁって思ったの。華くんがいい人で、優しくって頼りがいがあって。今日の華くん見てて嬉しかった。お父さんになったら子どもはきっと幸せだよ。疲れてるのに私の心配までしてくれて……」

「泣くなよ。俺、結構自分勝手なこと考えてた。お前が言ってくれるほどいいヤツじゃなかったよ。何度もジェロームのこと、困る! なんて思ったしさ」

「でもね、困るっていう顔しながら華くん、嬉しそうだったよ。ジェロームくんのはしゃいでるのを見てそれが楽しかったんでしょ? 華くんのお嫁さんにしてもらって良かったって、今日改めて思った。ありがとう」

 そんな風に言ってくれる真理恵こそ素晴らしい女性だ。

「俺もさ、マリエと一緒になって良かった! お前もいいお母さんになるよ。ジェロームのこと、まるで自分の子どもみたいに優しい目で見てくれた」


 バンジージャンプはしなくて正解だ。すでに真理恵のお腹には子どもがいる。二人が夢見ている子どものいる家庭になる日も近い。

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