第二十六話 お誕生日会 -3
そろそろいい時間だ。
「どうしようか。まだやりたいことある?」
みんなが今頃ジェロームの家で誕生会の準備しているだろう。今帰れば4時過ぎには着く。
(少し早いかな)
真理恵が案内板をジェロームと一緒に眺めている。
「面白そうなの、あった?」
「迷路、入りたいのに」
「しょうがないよ。これは諦めようね」
覗いてみると『小さなお子さま向け』とある。
「いくらなんでもこりゃ無理だ、他には?」
残念そうな顔に(よっぽどこいつの方が子どもだ)と思う。
「お土産、買って帰りたい。会社にも持って行きたいし」
「そうだな」
「せっかくだからソフトクリーム食べに行かない?」
言い出したのは真理恵だ。
「別に」
「行く!」
華とジェロームの声が被る。
「え、だめ?」
「いいよ、2対1だからな。その代わり俺に食べろって言うなよ」
「うん!」
そばにあるから食の体験工房を先に覗こうということになった。バターやチーズの作り方を知りたいと真理恵が言う。
「へー! バターって10分で出来るんだ!」
「やってみる?」
「俺もやりたい!」
(これやってソフトクリーム食べて土産買って。ちょうどいいか)
チーズは本当に楽だった。牛乳、ヨーグルトを混ぜたものと生クリームを火にかける。白いかたまりが分離してくるからそれから水気をとったら出来上がり。
バターはチーズより短い時間で出来上がるとあったから甘く見ていた。プラスチックの容器を渡される。中にはここで作られた新鮮な生クリーム。
「これを振ってればいいの?」
「そうだって。頑張ろうね! 華くんとどっちが先にできるのかな」
互いに顔を見合わせる。生まれる競争意識。「せーの!」で振り始めた。
黙々と振り続けていると、だんだん水っぽい音がしなくなってくる。
「中が固まってきたような気がする!」
(げ! 俺、負けてる!)
振る速度を上げる。すぐに中身が固まってくるような手応えを感じた。
「俺のも固まってきたみたいだ」
結構腕が疲れてきた。真理恵は休み休み振っている。
「はい、頑張ってくださーい。ここからが勝負ですよー」
地味に振っている腕が重くなってくるしスピードが落ちてくる。それでもひたすら5分は振った。
(あ、音が変わった!)
すぐに係の人が見に来てくれた。
「出来てますね! お疲れ様ー」
「やったね、俺が一番!」
悔しそうな顔で振っていたが、それほど大差なくジェロームのバターも出来た。チーズの時のように水分をとって塩を加えてバターが完成だ。
「マリエ、大丈夫か?」
「大丈夫。ちょっと中が変わってきたみたいな気がする」
「お持ち帰りは出来ません、ここで召し上がっていってくださいね」
脇にクラッカーがある。
「出来たー!」
ようやく真理恵のバターも完成だ。揃ってチーズとバターをクラッカーで堪能する。
「美味っ!」
「ホント! 美味しい、持って帰れないのが残念だね」
出来上がった量はほんの少しだ。あっという間に食べてしまう。
「バター作るなんて大変だろうって思ってたけど、ほんとに振るだけなんだね!」
そう言いつつジェロームが右腕を揉んでいる。気がつけば3人とも同じ仕草をしていて互いに笑い合った。
「さ! ソフトクリーム食べに行くか」
真理恵とジェロームが揃って嬉しそうな顔になった。
ここでとれたミルクで作っているという評判のソフトクリームだ。真理恵は普通のソフトクリームを選んだが、ジェロームはたっぷり苺の載ったものを選んだ。
「それじゃソフトクリームの味が分かんないだろ」
「もう一つ食べるから」
「は?」
さすがに呆れてしまう。その後普通のソフトクリームも食べてご機嫌で土産を買いに行った。
「そんなに買うの?」
真理恵が驚いている。
「あちこち持って行きたいから。三途さんのお父さんのところにも」
「そっか、きっと喜ぶぞ」
「うん!」
そうは言ったが華は怪しんでいる。
(絶対にあのうちのいくつかは自分用だ)
出る間際に珍しく真理恵が我がままを言った。
「さっきの遊園地のバンジージャンプがしたかった!」
「あれを跳ぶの!? 俺、ヤだよ」
「ジェロームくんは?」
「やってみたい気はするけど…やっぱりだめ、高すぎるよ」
「ええ! じゃ、今度来た時は絶対にやろうよ! 私どうしても跳んでみたい!」
「しょうがないなぁ。今日はもう時間だから今度な。マリエが跳ぶなら俺も死んだ気で跳ぶよ……」
華の声に悲壮感が漂った。
名残惜しく牧場を出た。
「楽しかった! 来て良かったです! えと、入園料とか」
「いいの、今日は奢り。二人じゃ寂しいから来てもらったんだし」
実はみんなから費用は割り勘で戻ってくる。今日参加できないメンバーからもカンパがあった。
「でも、俺あれこれやったし」
「いいんだって。お前と来てうんと楽しかったよ! あんなにはしゃぐとは思ってなかったけどな」
「そんなに騒いでないでしょ……」
バツが悪そうに小声が、真理の「また来ようね!」の言葉に笑顔になった。
「疲れただろうな」
車に乗っていくらも経たない内にジェロームは後ろの座席で寝息を立てていた。後ろに座らせたのは正解だ。
「会社でもこんな風なの?」
「定時までもたないんだよ。だから4時で終わらせてやるんだ」
「そう……来月だよね、公判」
口を引き結ぶ。そうだ、来月から厳しい日々が始まる。
「今日……たっぷり楽しませたいんだ」
「そうだね。……あの時を思い出すよ。私、ずっと迷ってた。あの時に華くんに訴えるのをやめた方がいいって言って良かったのかなって。せっかく弁護士さんもついてくれてたのに」
「あの時の俺には無理だったよ。とても戦えなかった。相手より自分に負けてたんだ。でもこいつはもう引き返せない。いやでも戦うしか無いんだ」
うわ言も無くぐっすり眠っている姿。今日見せた少年のような姿。
そのどちらもが二人の心に強く残っていた。
すっかり寝入っているジェロームを真理恵が起こした。すでにマンションの前に来ていると三途川に連絡してある。
『了解。いったん課長の部屋で別れて、ジェロームの部屋に来て』
準備万端といったところだ。
「ジェロームくん、起きて」
「うーん……」
「ジェローム、垂れてる涎、マリエが拭いてやるってさ」
途端に飛び起きて袖で口を拭った。
「大丈夫だよ、華くんが冗談言ったの。ごめんね」
「え、ここマンションの近く?」
「そうだよ、だから起こしたの。大丈夫? ちゃんと目が覚めた?」
「はい……俺、ずっと寝てた?」
「ああ、ずっとだ。よく寝てたから起こさなかったんだ」
「ごめんなさい!」
「いいって。さ、駐車場に入るからな。荷物、忘れるなよ」
「はい」
真理恵が再度乗り込んで駐車場に入った。
「え? 課長の家に?」
「さっきメールでこっちに連れてきてくれって連絡があったんだ。取り敢えず行こう」
「うん……」
どことなく不安そうな顔だ。
「あの、ただいま……」
「お帰り。華、ありがとうな。真理恵さん、疲れたでしょう」
「いいえ、楽しかったです! ジェロームくん、またどこか遊びに行こうね」
「はい! あの俺のところで少しのんびり……」
「あ、悪い。この後二人でデートなんだ。来週会社でな」
「またねー」
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