第二十五話 成長 -2

「でさ! なにすんの? 肝心な話進まないけど」

 夜にみんなで集まることにした。ついでに飲み会ということになり、車は駐車場に置いていくことになった。

「もう星座とかの話は無し! 他に誰か来るかな」

 いるのは、華、三途川、池沢、澤田、広岡、千枝。浜田と井上は都合が悪くて帰った。

「どうかな、週末だし仕事がキツいしな」

「いいんじゃない? 別にメンバーが重要なわけじゃないし」

「ボーリング大会は?」

「それってお祝いなの?」

「カラオケ」

「却下。それもお祝いじゃないわよ。相手はジェロームよ、それを考えないと」

 三途川を納得させるアイデアが出ない。

「あのね、シンプルにお祝いしたらどうかな。そういうのきっと経験無いと思う。なら普通の『お誕生日会』の方が喜ぶような気がする」

「あ、それ、いい!」

 華が千枝の案に飛びついた。

「あいつさ、普通のことに憧れてるんだよ。デザート食べるとか、誰かが遊びに来るとか。ケーキやプレゼント買ってわいわいやる方がいいと思う」

 そこからは進行役が女性に移った。

「どうせなら部屋を飾ろうよ、子どものお誕生会みたいに」

「折り紙のチェーンとか?」

「そうそう! 三途さん、作れそう?」

「私、そういうのムリ。井上さんに任せようか」

「ね、飾り付けとか料理とかどうするの? 本人をなんとかしないと」

「俺が引き受けるよ。あいつを連れ出すからさ、後はなんとかやっといて」

「じゃプレゼントの買い出しは?」

「それは自由にやろう。澤田、お前が会計」

「広岡さん、たまにはやってよ」

「俺は料理部隊に加わるよ」

「アルコールは抜きだ」

 池沢が真面目な声で言う。

「薬も飲んでいることだし、そういう騒ぎ方はやめよう。近所にも迷惑だしな」

「あのさ、課長はどうする?」

「どうするって……どういう意味だよ、澤田」

「誘った方がいいかなって。だって近所だし」

「特に誘わなくたっていいんじゃないの? なるようになればいいし」

 なんとなくその三途川の言葉で課長のことはそれきりになった。


 あれから着々と計画は進んでいた。華は真理恵に相談していた。

「ジェロームくんを連れ出すのね? どういうとこなら喜ぶかなぁ」

「どこもかしこもあいつには初めてだろうな。考えといて、俺も考えるから」


 そして3月13日、金曜日。

「13日の金曜日ってなんでこんなに気分悪いのかな」

「和田、朝っからテンション落ちるようなこと言うなよ」

「そう言うってことは尾高さんも気にしてるわけ?」

 尾高が顔をしかめたのが見えた。

(明日だ、誕生会。きっと驚くよな)

 華は朝からテンションが高かった。


「バラしたぁ!?」

「悪い」

 浜田が手を合わせる。例によって口が軽い浜田は課長にイベントの計画を話してしまったのだ。華は溜息をついた。

「織り込み済みよ、華。気がつくに決まってるじゃない。そういうのは自然に分かった方がいいの。でも明日が楽しみね」

 三途川の言葉の途中だった。

「やだっ触るな! 金なんか要らないっ、やだって、触らないで!!」

 華は反射的に走ってソファを跳び越した。

「ジェローム! 触らせない、誰にも! 大丈夫だ、ここは会社だ!」

 すぐそばに来た課長を見上げた。

「またなんかあったんですか!」

 課長が思い出したように言う。

「表で男に声かけられたんだよ、2万でどうだって」

「いつ!?」

「駐車場前で俺が出ていくほんのちょっとの時間だ」

「なんで黙ってたんですか!」

「その後、何の変りも無かったんだ……違う、済まない、俺の判断ミスだ」

 駐車場を怖がるから表で待たせている。華が送る時もそうだ。多分その時に男に誘われたのだろう。

「ジェローム、色っぽいからなぁ……顔が良すぎるのも考えもんだな…」

「浜田さん、殴りますよ」

 低い声で言うと浜田は黙った。

「触るなって……こいつ、触るなって言った……」

 つまり、その時に触られたということだ。


「華、明日ジェロームをどうするんだ?」

 誕生会のことだ。今はまた静かに眠っている。

「どっかに連れて行こうかと……」

「頼みがある。どこでもいい、遊園地に連れて行ってやってくれないか?」

「遊園地ですか?」

 どこでも喜ぶだろうと思ってはいたが、まさか課長に遊園地に連れて行けと言われるとは思ってもいなかった。

「いいですけど。マリエも喜ぶし。でもそんなんでいいのかな」

「喜ぶから。頼む」

 目が覚めたジェロームを見る課長の顔が苦しそうだった。まるで何かを後悔しているような。自分自身の苦しみのような。



「ただいま!」

「お帰りー」

「予約してくれた?」

「した、した! ジェロームくん、喜ぶかなぁ」

「マリエのアイデア、バッチリだと思う。遊園地なんて言われたからさ、どうしようと思ったけどマザー牧場なら俺たちも抵抗無いよな。喜ぶだろうなぁ、誰かとそんなとこに行った経験も無いんだろうから」

「嬉しそうだね、華くん」

「マリエ、行ったことあんの?」

「無いよ、今度が初めて! だから私も楽しみなの」

「一緒に出かける友だちなんかいなかったんだからさ、写真もいっぱい撮ってやろうな!」

(まるで遠足前の子どもみたい!)

 真理恵は感じたことを口に出した。

「あのね、華くんも初めてでしょ?」

「マザー牧場だろ? 初めてさ」

「違うよ。ジェロームくんと同じ。友だちとどこかに行ったことなんて無いじゃない」

 ポカンとした顔に真理恵は寂しい笑顔になって華を抱きしめた。

「初めてだね、お友だちと遊びに行くなんて。もうそんなこと、華くんには無いと思ってた。だからジェロームくんに感謝してるの。良かったね、華くん」

 そうだ。こんなにわくわくするのは、自分も初めてのことだからなのだ。言われなければ気づかなかった。

「マリエ……うん。初めてだ。ジェロームだけじゃなくて俺も楽しんでいいんだな……」

「そうだよ! 私は友だちとあちこち遊びに行ったもん。だから明日は二人で騒いでね、私が面倒見てあげるから。お弁当、たっくさん作るからね」

「ありがとう……そうだよな……なんか興奮してきた! 遊びに連れてくんじゃなくて、一緒に遊ぶんだよな! パソコン見てくる! 明日周るのを調べとかなきゃ」

「着替えてからね!」

「分かった!」

 さっさと着替えてパソコンを広げた。

「マリエー、乗馬の予約は何人分したの?」

「3人分だよー」

「マリエー、乳絞りやってる!」

「それ、やりたいね!」

「マリエ―、」

 そばに真理恵が立った。

「あのね、メモして。台所やってるのにその間、ずっと怒鳴って会話するのいやだよ。やりたいのをメモして調べて。スケジュールは華くんに任せたからね」

「俺だけに押しつけて」

 そうぶつぶつ言いながら指は次々とクリックしていく。

「乗馬、乳絞りは外せない。遊園地のアトラクションは3つくらいか…そっちより他のもんで時間使いたいよな……」

 いい時期だし、土曜は混むとある。

(朝早くだな。課長にメールしとこ。ここからは1時間くらいか……道混むだろうし。逆算して9時に開くから最低15分前には着いていたいよな)

 メールを送ると、すぐ返事が来た。

『分かった。支度をさせておく。明日は頼むな』

(お父さんみたいだな……言ったら怒られそうだ)

真理恵はそんな様子をほのぼのと見ていた。明日はいい一日になりそうだ。



「7時半って言ったんでしょ? いいの? こんなに早く来て」

「やっぱり混むのが心配だからさ」

 ジェロームのマンションの下だ。電話をかける。

『えと、おはようございます』

 どうやら戸惑っているらしい。

「おはよう! 課長に聞いてる?」

『華さんたちが迎えに来るってことだけ』

「そうか、下にいる、急いで下りてこい!」

 すぐにジェロームが下りてきた。

「真理恵さん、おはようございます!」

「おはよう。今日はね、華くんの隣に座ってね」

「え、でも」

「いいんだって。ほら、乗れ」

 さっさと真理恵が後ろに行ってしまったので助手席に座った。車が走り出す。


「どこに行くの? 約束、なんかしてた?」

「してないよ。遊びに行くんだ、今日は」

「遊び? どこに?」

「ジェロームくん、マザー牧場って知ってる?」

「知らないです……聞いたことはあるけど」

「よしよし。そこに行くんだ。……おい、携帯で調べんのは禁止!」

「だって……」

「これから行くんだから楽しみにしてろよ」

「華くんね、夕べから遠足に行くみたいに興奮してるんだよ」

「ばかっ! 余計なこと言うな!」

「だからみんなで楽しもうね!」

「はいっ」

 生き生きとしている顔を横目でチラッと見て、それだけで自分も嬉しくなっている。

 だが、まさかそこから大騒ぎが始まるとは思ってもいなかった。


「華さん!」

「どうした!? 調子悪いか?」

「違う、あそこ桜!」

「本当だー、きれいだねぇ」

「あ、あっちにも!」

「いいお天気だから蕾が開くんだね。今年は開花予報も早いみたいだし」

「開花予報ってなんですか?」

「桜が咲くよーっていう、天気予報みたいなもの」

「へぇ! そんなのがあるの? 天気予報だけじゃなくって?」

「花粉予報だってあるしね」

「花粉?」

 あれこれ真理恵と話が弾んでいる。

(桜で騒いでるよ)

 本当にジェロームは子どもみたいだ。

「あっ! 華さん!」

「今度はなに?」

「高速、乗るの?」

「そうだよ」

「わぁ、俺、高速道路って大好きだよ!」

「あ……そう」

「窓、開けていい?」

「いいよ。でもちょっとな」

「はいっ」

(初めて車に乗ったような顔しちゃって)

「風、気持ちいい!」

「そうだな」

「空、青いね」

「天気よくて良かったな」

「うん!」

 しばらく静かになってほっとしたのも束の間。

「華さん!」

「なに?」

「高速の出口だよ」

「見れば分かるよ、運転してるの俺なんだから」

 呆れたように答えると元気な返事が返ってきた。

「そうだね!」


「華さん!」

「なに?」

「あああぁ……」

「なんだよ」

「今通った家、庭がきれいだった。華さんにも見せようと思ったのに」

「おい、俺運転してんの」

「真理恵さん、見た?」

「ごめーん、気がつかなかった」

「あ、あそこもきれいだよ!」

「広い庭だね。ウチにも華を植えようか」

「俺は土に潜らないからな」

 ジェロームがけらけら笑い出した。

「お前今からそんなにはしゃいだら、着いた頃にはへとへとになっちゃうぞ」

「大丈夫! マザー牧場……牧場だから牛?」

「たくさん想像しとけ」

「牛見に行ってどうすんの? 牛と遊ぶの?」

「牛と?」

 思わず吹き出した。

「牛と遊ぶって、どうやって!」

「この前映画で見た、牛に乗ったら牛がジャンプするの」

「ジャンプ? ……それ、ロデオだろ」

「そんな名前だったような気がする……俺絶対に落ちるよ!」

「はいはい。落ちたら拾ってやるよ」

(着くまでこの調子か? 着いたらどうなるんだ?)

だんだんそっちが怖くなってくる。

「ジェローム、頼むから子どもみたいな真似するなよ」

「子どもみたいって?」

「突然走り出したり、きゃあきゃあ騒いだり」

「しないよ! 子どもじゃないよ!」

(どうだか)

 行く場所を間違えたかもしれない。そうなると課長の責任だと思えてくる。けれどすでに華も牧場が待ち遠しくなっていた。

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